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労働判例を読む#469

【アンスティチュ・フランセ日本事件】(東京地判R4.2.25労判1276.75)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、フランス語学校Yの教員Xらが、Yに対し、更新後の契約条件ではなく更新前の契約条件に基づく給与の支払い(差額の支払い)を請求し、また、Xらのうちの1名が、Yに対し、担当講座数の減少に対する補償金の支払いを請求した事案です。
 裁判所は、前半の、更新前の契約条件に基づく給与の支払いは命じませんでしたが、後半の、補償金の一部の支払いを命じました。

1.更新前の契約条件が適用されるか
 本事案では、Xらは、労働組合を通してYと契約条件について交渉を続けており、契約の切り替えはそのような状況下で行われました。Yは、新しい契約条件での契約締結を提案したところ、Xらは、更新前の契約条件の適用を留保しつつ、新契約の締結に応じる旨の返答をしました。
 Xらは、契約更新が成立したのだから、更新前の契約条件が引き継がれる旨の主張をしました。
 しかし裁判所は、民法629条1項、労契法19条、いずれについても適用を否定し、更新前の契約条件が引き継がれない、としました。いずれも、それぞれの条文の定める条件が満たされない、という理由です。
 すなわち、民法629条1項については、Yが、更新後の契約条件に基づいて給与を支払い続け、労使交渉の場でも、更新前の契約条件に反対の意向を示し続けていたことから、異議を述べていた(したがって適用がない)、としました。
 労契法19条については、Yが、別の条件での契約締結を提案していることなどの経緯から、1号2号いずれにも該当しない、としました。
 より正確な表現については、判決の原文で確認いただきたいと思いますが、これらに共通するのは、従前の条件と明らかに違う条件をYが提示し、Xらもこのことを交渉していたのだから、従前と同じ条件が漫然と引き継がれるわけではない、という交渉状況でしょう。
 契約更新、という法律構成の下で、一般的には、契約が継続しているかどうかが議論されますが、本事案では、同じ契約条件が継続しているかどうかが議論されています。契約が継続していることについては、XらとYの間に対立がありません。
 しかし、契約更新、という法律構成が、ここでの議論に合致した法律構成なのでしょうか。
 たしかに、自動的に旧条件が適用される、という意味で、契約更新が適用されると、Xらの期待する状態になります。
 けれども、問題はYの求める新しい条件が新しいルールになったかどうかです。Xらが新しい条件を受け入れていないのであれば、新しい条件が新しいルールにならないようにも思われます。
 つまり、違う見方をすると、契約更新が成立しない、ということは、更新前の契約条件が当然には引き継がれない、ということを意味しますが、だからと言って当然に新しい条件が新しいルールになったことを積極的に根拠づけるものではないようにも見えます。典型的には、Xらが新しいルールとして承諾すれば、合意に基づいて新しい条件が適用されることになりますが、判決はこのような認定をしていません。なぜ新しい条件が新しいルールになったのか、についての検討と説明が少し弱いように思われるのです。

2.補償金
 この点は、前年の7割は担当授業数を補償する、という合意をどのように評価するのか、すなわち、単に担当授業数を確保する義務をYが負うにすぎず、これに反しても補償する義務がない、と解釈するのか、本判決が示したように、補償する義務がある、と解釈するのか、という問題です。そして、収入保障の意味があること、(これを裏付けるように)適用除外の場合にだけ賃金等を支払わない、という規定があること、を根拠に、補償する義務が認められました。
 わざわざ7割は保障する、と言っておきながら、何も補償しない、というのであれば、一体何を保障しているのか、その意味が無くなってしまいますから、金銭的な補償が明確に示されていなくても、裁判所の判断は合理的でしょう。

3.実務上のポイント
 これが、無期契約の場合の就業規則の変更であれば、労契法10条や人事権の濫用など、給与条件の変更を会社が濫用していないかどうかが問題になります。
 他方、本事案では、有期契約の更新・新契約の締結、という法律構成が問題となっており、無期契約か有期契約かによって、適用されるルールが全く異なってしまいます。
 適用されるべきルールが異なっても良いのか、という点も、今後検討すべきポイントでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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