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経営の技法 #17

2-6 誤訳の罪
 会社経営に関し、とりわけリスク管理に関わる重要な概念に対し、明らかな誤訳が散見される。これによって、企業のリスク管理や自浄作用に大きな悪影響が生じている。言葉の持つイメージに流されず、事実を見極めることが重要である。

2つの会社組織論の図

<解説>
1.概要
 ここでは、コンプライアンス、コーポレートガバナンス、アカウンタビリティに関する訳語の誤りと、それがもたらす害悪について検討しています。
 すなわち、本来であれば社会適合などのように、会社から積極的なアピールが求められるべきコンプライアンスについて、法令違反と訳されたために、見えない部分の品質へのこだわりが失われ、神戸製鋼の副社長のコメントのように、「法令違反でないから問題ない」という開き直りを許してしまう余地が生じました。
 また、本来であれば経営者に対するコントロールの問題であるコーポレートガバナンスについて、経営者自身が行う経営問題(これはむしろ内部統制(下の正三角形)の問題)と訳されたために、経営者に対するコントロールの重要性が十分議論されない状況が生じました。
 また、本来であれば「結果報告義務」「責任報告義務」などのように訳され、自らの責任も含めた報告義務であるべきアカウンタビリティについて、説明責任と訳されたために、説明だけして責任逃れするような事態が生じました。

2.メディアの罪
 さらに、この事態に拍車をかけているのが、メディアの劣化です。
 すなわち、一般的な図式があり、そこに当てはめるような取材と報道しかしない、と非難されている、現在の劣化したマスコミの事実調査能力と表現力です。
 このような観点から上記の誤訳を見比べると、その共通項が見えてきます。
 それは、3つの言葉が、いずれも、本来の意味よりも裏付けを取る範囲が狭く訳されている点です。
 すなわち、コンプライアンスは、本来であれば、法令以外も遵守し、積極的な活動も要求されるところ、法令だけを、しかも積極的な活動まで要求されません。
 また、コーポレートガバナンスは、本来であれば、継続的に適切に経営者を監視できているのか、という幅の広い概念であるのに、経営者がちゃんとやれているかどうか、という結果だけから評価できる内容に訳されています。
 また、アカウンタビリティは、本来であれば、どのような責任があったのかまで含めて報告すべき概念であるのに、とりあえず報告さえすれば責任が果たされたかのように訳されています。
 このように、誤訳が生じたのは、劣化したマスコミの能力に応じた概念に矮小化された結果、とも評価できるのです。

3.おわりに
 そして、メディアの劣化を招いているのは、情報の受け手の意欲と能力です。
 企業活動が適切であることを評価するための情報として、適切な情報を選別する意欲と能力がない限り、メディアの競争は発生しないし、成長もしないのです。
 話が少し大げさになってしまいましたが、会社経営=内部統制(下の正三角形)やガバナンスを強くするためには、言葉のイメージだけで安易に判断せず、事実を見極める意欲と能力が重要なのです。

※ 『経営の技法』に関し、書籍に書かれていないことを中心に、お話していきます。
経営の技法:久保利英明・野村修也・芦原一郎/中央経済社/2019年1月



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