労働判例を読む#210

【サン・サービス事件】名古屋高裁R2.2.27判決(労判1224.42)
(2020.12.23初掲載)

 この事案は、ホテルのレストランの料理長Xが、退職後、残業代などの未払賃金の支払いを、会社Yに対して請求した事案です。1審も2審も、Xの請求を広く認めました。

1.固定残業代

 この中で、固定残業代の合意が成立した、とするYの主張に対する判断は、1審と2審で逆になりました。すなわち、1審は、固定残業代の合意を有効としましたが、2審は、固定残業代の合意を無効としました。

 この差は、対価性です。
 すなわち、1審は通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分が明確に区別され、それが基準額を超えていれば足りる(割増賃金部分を超える残業については、不足額が精算されれば足りる)としています。
 これに対し、2審は、固定残業代とする部分が、時間外手当に対する対価として支払われていることが必要としました。そのうえで、①時間管理が適切にされていない、②実際の時間外労働等と固定残業代が予定する時間外労働等の時間が大きく乖離していること、③36協定未締結のため時間外労働等を命ずる根拠を欠いていること、を根拠に、固定残業代の定めとして無効としました。

 近時、1審が示したような、固定部分の明確さ(+精算義務)だけでは足りず、対価性が必要、とする裁判例が多く、最近の最高裁判例(国際自動車事件、R2.3.30、労判1220.5, 15, 19)も、対価性を必要としています。

 問題は、この「対価性」の具体的な内容です。国際自動車事件の最高裁判例は、この点について独特の判断を示しているため、「対価性」の具体的内容は依然として明確でありませんが、その中で、この裁判例は「対価性」の要素として何が考慮されるのかに関する1つの先例になります。

 上記①~③のうち、②は、いくつかの裁判例で見かける事情であり、今後も「対価性」の要素として考慮される可能性が高いと思われます。また、①も、時間管理がされていなければ、固定残業代を超える残業代の精算ができませんから、これも「対価性」の要素とされる可能性が高いでしょう。

 ③は、あまり見かけない要素ですが、残業代の支払方法の問題以前の問題として、そもそも残業させる根拠がないわけですから、これを固定残業代の規定の前提と位置付け、「対価性」の問題の一部と位置付けなくても良さそうです。

 他方、残業をさせる根拠が無くても、実際に残業させてしまった場合の精算の問題は残りますから、その際の精算方法として固定残業代制度を採用する余地もあり得ます。理論的には、36協定の有無と、固定残業代の有効性を切り離すことは可能なはずです。

 けれども、固定残業代制度の悪用を防ぎ、固定残業代の定めを超える残業代の精算を確実に行わせるために、①を考慮するのであれば、①の前提となるべき36協定の締結すらされていないような杜撰な労務管理が許容されるわけにはいきません。そのため、③も考慮されることに合理性が認められます。

 すなわち、③も、①が対価性の要素とされるのと同様の理由で、対価性の要素とされる可能性は高い、と評価できるでしょう。

2.実務上のポイント

 地味な論点ですが、基礎賃金部分に含まれない(したがって、割増賃金等が発生しない)ものは、労基法37条5項に規定されていますが、これは、手当の名目ではなく実態で判断する、したがって、通勤費という名目であっても、Xの実際の通勤費と無関係に定められているのだから、この除外対象に含まれない、という判断がされています。

 残業代計算の際、形式だけ整えばよいのではなく、実態も考慮しなければならないことになり、労務管理上の負担が大きくなってしまいますが、形式ではなく実態を重視する労働法のルールの性格上、この判断はやむを得ない面があります。

 同一労働同一賃金の観点から、諸手当の見直しをしている会社も多いと思いますが、その際、名目と実態がズレていないか(ズレていると、残業代の計算に影響を与えかねない)、確認しましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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