見出し画像

労働判例を読む#531

※ 元司法試験考査委員(労働法)

【そらふね元代表取締役事件】(名古屋高金沢支判R5.5.22労判1294.39)

 この事案は、介護事業を営んでいた会社の元従業員Xが、当該事業の廃止に伴って退職した後、未払の残業代等の支払いを、元代表取締役Yに対して求めた事案です。
 裁判所は、1審2審いずれも、Xの請求の多くを認めました。

1.管理監督者性
 最初に議論されている問題は、Xが管理監督者に該当するかどうか、という点です。
 ここで裁判所は、①経営者との一体性、②労働時間の裁量、③賃金等の待遇、という一般的に管理監督者性を判断する際の判断枠組みを採用して事実を整理し、検討しました。近時の裁判例では、多くの裁判例が①経営者の一体性を重視しており、本判決も比較的高いハードルを設定しているようです。すなわち、ケアマネージャーの管理をしたり、再建のためのケアマネージャー採用の提案をしたりしていても、具体的な業務を指示していたわけではなく、実際にケアマネージャーの採用に関与していたわけでもないことも指摘されており、Xが経営者と一体であるのか、決して積極的ではありません。①~③の総合判断ですので、①単体で結論を出していませんが、少なくとも経営者との一体性があるとは判断していないのです。
 ②③については、より積極的に非該当であることを判断しています。
 すなわち、②については勤務時間が徐々に増加していたこと、③についてはマネージャー就任後も手取額に大差がないこと、が主な理由となっています。
 管理監督者性の認定は、特に①が厳しくなっている傾向がありますが、本判決もこの傾向から外れるものではないようです。

2.Yの責任
 Yの責任は、会社法429条に基づく責任です。近時、会社から十分賠償されない事案で、経営者や役員に対して責任追及する場面が増えており、会社法429条は労働法である、と位置付ける意見もあります。
 ここで特に注目されるのは、Yの責任を認めた部分と否定した部分がある点です。
 すなわち、社労士から管理監督者には残業代を支払わなくて良いと言われて、ろくにその内容を確認せずにXを管理監督者とした点は、責任があるとしつつ、Xの日頃の残業時間を把握していなかった点は、労務管理までY自身が関与していなかったとして責任を否定しました。
 経営者や役員が全ての業務について責任を負うわけではないことがわかりますが、それは、会社の規模や組織構造によるものであり、どのような組織構造や役割分担がされていれば、どのような場合に責任を負うのか、を考える一つの参考になります。

3.実務上のポイント
 給与や残業代の未払いについて、会社の責任を追及する場合には、労働契約や労働基準法などによって当然に発生するものですから、任務懈怠や故意・重過失は問題になりません。
 しかし、経営者や役員の責任の場合には、任務懈怠や故意・重過失が必要となります。
 けれども、人事は経営の重要な要素ですから、本判決で労働時間の管理に関する責任が否定されているのはむしろ例外的と言えるかもしれません。
 個人にも責任が拡張されていますが、その範囲は会社の責任と必ずしも同一ではないので、注意が必要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?