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松下幸之助と『経営の技法』#177

8/10 儲けは世間からの委託金

~事業で儲けたお金の大部分は、世間からの委託金と考えたい。~

 目的は物資をただにすることにある。そこで利益をあげることに対する我々の考え方はこうである。我々のやる仕事は資金が要る。その資金は我々が政府をつくっておったら税金で徴収できるけれども、そういうわけにはいかないから、これは得心ずくで金を出してもらわなければいけない。得心ずくというのは収益という形で集めて、その集めた金は物資をただにしていくところの資金に注入していく。この儲けというものは私することはできない。一部は私することができる。その時分は個人経営であるから、法律上からいえば、儲けたものは全部自分のものであった。
 しかし、私はそういう考え方から会計を別にした。前から会計は個人と別にしていたけれども、さらにそれをはっきりさせて、一部は私が使うことは許されるけれども、その大部分の金は世間からの委託金だ。法律上は俺のものであろうとも、お前の仕事をもっと増やせという委託金である。そういうふうな考え方をもって、そうして、その主旨をみんなに述べた。だからみんな感激した。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が逆ですが、まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。市場での競争の在り方と会社経営の方向性に関する問題であり、経営学よりも経済学の領域の問題ですから、組織論として見た場合には、ガバナンスの問題(⇐投資先選択の問題=投資市場の問題)になるのです。
 さて、松下幸之助氏の掲げる目標には、ビックリします。
 「物資をただにする」ことのために、会社経営しているというのです。
 かといって、製品の代金をしっかりと顧客から貰うことにしていて、また、社会的な利潤を配分する主体が国家ではなく企業です。商品市場や資本市場を活用することが前提になっており、商売人の描く理想郷、ということでしょうか。マルクス経済学などとは明らかに発想が異なります。
 このような理想郷が描かれる背景は何でしょうか。
 1つの仮説ですが、誠実に製品の質と量を高め、値段を下げていく努力を重ねていくと、市場で評価され、製品が売れていき、さらに製品の質と量を高め、値段を下げることができます。商品市場からお金がたくさん入ってくるようになるからです。
 このように、松下幸之助氏が成長期に実感したことを前提に、この先の姿を描いていくと、限りなく製品の値段がゼロに近づいていくように見えるでしょう。つまり、需要曲線(右下がり)と供給曲線(右上がり)で見た場合、重要曲線が見えていたのです。市場に出回る製品の量(X軸)が増えれば、値段(Y軸)も下がっていくのです(右下がりだから)。
 他方、供給側の「欲望」を形にした供給曲線については、松下幸之助氏にとって現実的でなかったのでしょう。氏は、会社を挙げて真面目に製造効率を高めていくので、均衡点が、需要曲線上をどんどん右(X軸)に進んでいき、値段もどんどん下がっていきます(Y軸)。これは、供給曲線が右側に移動している状況と表現できます。つまり、松下幸之助氏は、目の前の儲けよりも、会社が成長し続けていけば、自然と儲けの規模も大きくなる、という発想ですから、供給曲線を常に右側にずらしながら、需要に応えようと誠実に努力を続けているのです。現在であれば、デフレスパイラルだ、利潤を出さなければ株主に説明できない、従業員に対する配分を増やせ、などと非難されるべき状況でしょう。
 つまり、供給曲線が常に右側に移動していき、事実上消滅してしまっている状況です。松下幸之助氏には、需要曲線だけが見えているから、製品の量を増やせば値段も限りなく下がっていき、同時に、会社の成長につながっている実感がありますから、その先に理想郷があるように見えたのです。
 この背景には、「三方良し」「お天道様が見ている」「金は天下の回り物」等に代表されるような、社会規範意識の強い商売道徳観があるようです。さらに、ステークホルダーとしては、株主というよりも、社会や従業員の方を重視しているように見えます。あるいは、戦前から戦後の混乱した経済状況の中で、しぶとく生き残り、成長させてきたうえに、高度経済成長を迎えた、という時代背景から、誠実さと自由競争さえ守ればよく、デフレなどイメージすることすら不可能だったのかもしれません。
 株主と経営者の関係で見た場合、デフレの心配がなく、製品の質や量、価格の競争に邁進すればいい時期であれば、このような理想を経営者が抱いていたとしても、特に問題はないでしょう。むしろ、誠実に会社の競争力を高め、市場での存在感を高めてくれますので、会社を成長させるのにはうってつけの資質です。
 けれども、社会状況が変化し、右肩上がりの成長が見込めなくなった時には、競争する土俵やルールが変わってしまいますので、経営者には、新しい状況を受け止め、新しい発想で、違う方向性を急いで作り上げてもらわなければなりません。あるいは、経営者を代えることが、株主にとって大事な「仕事」になってくるのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 ここで示されたお金の配分方法は、社内留保を厚くし、会社の成長を優先させる配分方法です。会社が成長することが皆のためだから、配分は少ないけど良いよね、というロジックであり、現在はそのままでは通用しません。相当しっかりしたロジックが求められます。当時の時代性もあるでしょうが、松下幸之助氏がお金を自分のために使っていない、という誠実さも、認めてもらうための重要な要素でしょう。
 けれども、会社経営の観点から見た場合、松下幸之助氏は、会社が大きくなる前から、お金の管理を相当しっかりさせていたことが理解できます(この点は、8/9の#176をご覧ください)。そして、その動機や目的、モチベーションの源泉が、ここで示されたような、社会から預かったお金であり、社会にお返しするために仕事に投資する、という発想です。
 組織をコントロールする観点から見た場合、これは俺たちが儲けたお金だ、さて、どう使おうか、という発想だと、規律が緩んでしまいますが、これは社会から預かったお金だ、ちゃんと増やさないといけないぞ、という発想にすることで、規律の緩みを少しでも予防できるでしょう。
 このように、社会から預かったお金、という発想は、内部統制上のツールとしても機能していたように思われるのです。

3.おわりに
 ところで、冒頭で、政府と民間企業の違いを説明しています。
 つまり、権力が背景にあれば政府として税金を取ることができるが、民間企業は、客1人ひとりが納得して商品を買ってくれなければお金が集まらない、という構造的な違いです。
 民間企業の優位性が、公務員の不祥事が起きるといつも問題にされますが、マーケティング感覚や、コスト意識、会社の規律など、民間企業が優れていると思われるポイントの大部分は、このような構造的な違いによるところが大きいようです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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