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松下幸之助と『経営の技法』#180

8/13 資金をつくる理由

~限りない生成発展に貢献していくために、企業は利益を得て、資金をつくる必要がある。~

 企業がこの人間の共同生活の限りない生成発展に貢献していくためには、企業自体が絶えず生成発展していかなくてはならない。つまり、常に新たな研究開発なり、設備投資というものをして、増大していく人々の求めに応じられる体制にしていかなくてはならないわけである。
 ところが、そうした開発なり投資にはそれだけの資金が要る。その資金をどのようにしてつくるかということだが、これが政府がやっている事業ならば、必要なだけ税金を取るということもできよう。しかし民間の企業はそういうことはできないから、やはり、それを自らつくるしかない。そのためには利益を得て、それを蓄積していくということになる。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 この日のコメントの前半部分が、会社組織変革の必要性に関する話となっています。
 すなわち、ここで松下幸之助氏は、「企業がこの人間の共同生活の限りない生成発展に貢献していくため」「増大していく人々の求めに応じられる体制にしていかなくてはならない」と、その必要性を説明しています。社会の要求が変化していくので、会社もこれに合わせていかなければならないのです。
 もちろん、松下幸之助氏が別の場所で指摘するように(例えば、6/10の#116)、会社が社会の要求にこたえるだけでなく、社会の発展や文化の向上に貢献する、という会社→社会の方向での働きかけもあります。
 しかし、まずは会社が社会の要求に応えていけることが出発点となります。すなわち、会社←社会の方向での働きかけに対し、会社が受け止められることが前提となります。社会に受け入れられていない会社の発信は、社会に対して影響力がないからです。
 そして、社会に合わせていくために、会社組織は何をすべきか、ということです。
 この点について、ここでは、「常に新たな研究開発なり、設備投資というものをして」として、主に技術面での近代化や進化に重点が置かれています。製造業では特に、新たな技術の開発が重要であり、「企業自体が絶えず生成発展していかなくてはならない。」という言葉も、そのような技術面での進化が念頭におかれているようです。
 けれども、変化すべきは技術面だけではありません。
 例えば、流通市場の変化により、小売店を通した販売チャネルが、大型安売り店を通した販売チャネルに入れ替わっていくのであれば、会社の組織もそれに合わせた組織に変化していく必要があります。さらに、ネットチャネルが中心になっていくかもしれません。宣伝広告のチャネルについても同じです。さらに、商品に対するニーズの変化があれば、開発の方向性を変えたり、デザインを変えたり、場合によっては従来の技術を放棄したりする場合もあるでしょう。
 つまり、社会の変化に会社を合わせていくとなると、会社が人員や予算を割くべき部分が変化しますから、当然、会社組織も変化すべきです。
 例えば中途社員を採用するなどの対応も必要でしょう。必要な能力を社内で最初から開発していくのではなく、労働市場からそのような能力を有する従業員を採用する、という発想です。
 さらに、組織構造自体に手を付けるべき場合、すなわち組織改革すべき場合もあります。
 たしかに、組織はそのままで、やるべきミッションを変えれば対応できる場合もあります。
 しかし、組織は不思議なもので、従前の部門に新しい仕事を与えても、従前の仕事との兼ね合いを自分たちで調整してしまうので、新しい仕事の立ち上げもなかなかうまくいかず、立ち上げが遅れがちになりますが、思い切って担当部門を設置すると、自分達の存在を確立するために頑張って仕事をしますので、よりスムーズに新しい仕事が立ち上がる傾向があります。仕事を与えられたチームの意識だけでなく、周囲からも、わざわざ新しい部門を作った、そこにこれだけの人員を持ってきた、ということ自体が経営の本気度を示すメッセージとして伝わり、新しい仕事の立ち上げに対し、周囲も積極的に協力する意識が広がるのです。
 さらに、新たな領域に関し、先行して実績のある会社をM&Aで獲得したり、業務提携したりする方法も考えられます。これは、自前で最初から開発する時間と手間を、お金で買ってしまう、という発想になります。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、株主への配当ではなく、社内留保に重点を置く、という配当政策を示している、評価することができます。この点は、8/10の#177でも検討していますので、そちらをご覧ください。
 ここでは、会社の利益をどのように処分すべきなのか、という問題を、会社のステークホルダーは誰なのか、という問題から整理してみましょう。
 さて、従前の日本の会社は、配当性向が低く、利益の相当の部分を内部留保し、新規事業などに投資していました。これは、まさに松下幸之助氏が主張するロジックであり、企業の社会的責任を果たすために必要なこと、という意識が中心になり、日本の会社の成長を支えました。
 他方、配当性向を高めろ、そうでなければ市場での企業価値が下がっていくか、含み資産目当てに海外のファンドからM&Aを仕掛けられるぞ、という社会的な流れがあります。
 後者の主張が一時期主流となっていましたが、近時は、それでは中長期的な会社の成長力を奪ってしまうので、配当可能利益を全て配当に回すことも問題である、という論調が力を増しています。
 これは、見方を変えると、ステークホルダーのうちの、株主と社会の二者択一の選択が迫られていた状況から、両者を調和させる方策が求められる状況に変わってきた、と評価されます。
 この点から見ると、経営者の株主に対する要求も、全て認められるのではなく、株主自身も、配当可能な原資全ての配当を要求するのではなく、会社の成長や社会的責任を果たすために、内部留保させる部分も認めなければならない、ということになります。
 株主と経営者の関係も、松下幸之助氏のこの発言の当時から見ると、状況が変わってきているのです。

3.おわりに
 結果的に、松下幸之助氏の描く経営モデルは、この内部留保の正当性の部分に関して言えば、今日、このままでは正当化されない状況になりました。
 けれども、だから松下幸之助氏が間違えている、というのではありません。
 内部留保をしっかりと行い、会社の成長のために基礎的な研究も含め、適切に事業を拡大していく、という経営方針が、当時の日本の状況と会社の進む方向性として、ピッタリと嵌りました。そして、この経営方針の裏付けや背骨となるべきロジックも、松下幸之助氏個人の信念としてしっかりと確立しており、自信をもってこの方向に進むことができました。
 つまり、経営者は、経済学者でも、経営学者でもなく、学問的に正しい結論を出すことが要求されているのではありません。ここで見たように、時代と会社の進む方向性について、自信をもって判断を下せることが重要であり、経済学や経営学は、そのためのツールとして使えばよいのです。
 その意味で、後の時代になれば、ステークホルダーや内部留保、配当性向、などの概念を使って分析されてしまいますが、当時の状況で、会社と社会の関係や経営の在り方を、ここまで洞察し、信念として確固たるものを確立し、しかもそれを実際に会社に徹底させ、事業を成功させているのです。
 「正しいこと」をしようとすると、将来の状況の変化も予想すれば、現時点で結論を出すことに対して腰が引けてしまいます。
 けれども、それでも腹を据えて決断すべきなのが経営者です。この当時、これだけのロジックを作り上げ、腹を据えて経営に取り組んだ、という松下幸之助氏の姿勢こそ、学ぶべきポイントと考えます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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