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松下幸之助と『経営の技法』#154

7/18 即断即行

~一日の遅れが一年の遅れを生む場合もある。即断即行ができる見識と機敏な実行力がほしい。~

 昔から「兵は神速を貴ぶ」という言葉もある。また「先んずれば人を制す」ともいわれる。一瞬の勝機を的確につかむかどうかに勝敗の帰趨がかかっている場合もある。そういう時にいたずらに躊躇逡巡していたのでは機会は永遠に去ってしまう。だから、大将たるものは、即断即行ということが極めて大事である。
 これはなにも戦に限らず、一国の運営、会社の経営でも同じことである。情勢は刻々と移り変わっていく。だから、一日の遅れが一年の遅れを生むというような場合も少なくない。決断もせず、実行もせずといった姿で日々を過ごすことは許されない。
 もちろん、熟慮に熟慮を重ね、他人の意見も聞いた上で決断し、しかも極めて慎重に時間をかけて事を運ぶことが必要だという場合もあるだろう。だからそういうことは一面に十分に考慮に入れておくことは大切であるが、しかし大事にあたって即断即行できる識見と機敏な実行力は指導者に不可欠の要件だといえよう。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が逆ですが、まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の資質の問題として、松下幸之助氏は「大事にあたって即断即行できる識見と機敏な実行力は指導者に不可欠の要件」と断じています。
 これは、この直前の「熟慮に熟慮を重ね、他人の意見も聞いた上で決断し、しかも極めて慎重に時間をかけて事を運ぶ」と対比されるものです。この両者の違いが、分析の手掛かりになりでしょう。
 すなわち、一見すると、両者は共に「決断」のやり方という意味で共通しているように見えます。
 そして、これを前提にすれば、①事案の性質に応じた社内プロセスを踏もう、という違いになります(この点は、次に検討しましょう)。
 けれども、経営者の視点から見た場合、両者の間に違った景色が見えてきます。
 すなわち、②他人の意見を聞くと称して、多くの人の賛成を獲得し、その結果、「決断」に関する経営者の責任を薄めてしまう、という違いです。スピードが大事な場面での「決断」は、経営者は孤独ですが、多くの人の賛成が得られる場合には、共犯者が沢山いますので、決断するストレスやプレッシャーが小さくなります。決断が失敗に終わった場合、スピードが大事な場面での責任は、経営者が一人で背負わなければなりませんが、共犯者が沢山いる場合には、いくらでも言い訳ができ、経営者一人で責任を背負わなくても良いのです。
 そして、いかに孤独で厳しい決断であっても、果敢に決断し、しかもそれを遂行するリーダーシップが、経営者に求められる資質であり、共犯者作りに逃げない強さが求められるのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 特に、上記①事案の性質に応じた社内プロセスです。
 ここで前提とすべきは、慎重な事案で慎重な社内プロセスを踏めば、経営者が責任を負わないのかというとそうではなく、リスク管理の観点から見た場合には、お膳立てが進んだ結果、決断が誤っても責任を負わない可能性が高くなるけれども、責任がなくなることまで補償されるものではないからです。
 反対に、常に同じレベルの社内プロセスが必要というわけでもありません。
 結局、リスクの程度や状況と、実際に取られたプロセスの深度や精度などに応じて、個別にその効果が評価されますので、緊急の事案であっても、社内プロセスをできる限り適切に踏まえることができれば、それに応じてそれなりにリスクも低減されるのです。
 ときに、緊急の事案だからと言って、検討プロセスを全て省略する、という極端な、「オールオアナッシング」な発想をする人がいますが、急ぐなら急ぐなりに、ポイントとなる点を重点的に確認・検討するという柔軟な対応の方が、リスク管理上好ましいのです。

3.おわりに
 さらに、別のところ(3/31の#45)では、昔、「君子は日に三転す」だったが、今日はそれでは間に合わなくて、日に百転する、と説いています。
 それだけ、孤独で厳しい決断をする責任が重くなっているのですが、同時に、会社組織がそのスピードについていけなくてはいけません。経営者は、決断する、という重い責任のほか、組織を作り上げ、リードするという責任もあります。会社が大きくなるほど、その責任も大きくなっていきますので、並大抵の神経では到底もたない仕事です。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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