見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#82

5/7の金言
 話し上手も大事だが、聞き上手はさらに処世の上に大事なものである。

5/7の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 聞き上手は、皆さんが今後お始めになるお仕事の上に非常に大きなことである。話し上手も非常に大事である。しかし、聞き上手の方がさらに大したものだ、と昔の人々が言っている。
 私もそう思う。他人(ひと)さんの話を、心をこめて、なるほどそうですかとよく聞いてあげる。すると、相手はますます熱を入れて話をする。そのうちに非常にいい話が飛び出す。そのいい話をキャッチしていくところに、聞き上手のプラスがある。
 話し上手も大事だが、自分のもっておるものを相手に与えるだけだ。相手から吸収するものがないことをかんがえると、聞き上手はさらに処世の上に大事なものであるという昔の人々の教えは、非常に味わってみる必要がある。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 「聞き上手」をツールとして見た場合、会社の外(特に、顧客)との関係で見れば、営業のツールであり、この有効性は今さら議論する必要がないでしょう。ここでは、会社の中のツールとして、その有効性を検討します。
 まず、若手従業員にとっての有効性です。ここでの松下幸之助の話も、若手社員向けですので、直接の対象となります。
 若手従業員にとって、「聞き上手」になるということは、上司や先輩からできるだけ多くのことを引き出せ、ということになります。これは、業務上の指示を正しく理解する、という意味だけでなく、先輩や上司の経験から沢山学べ、という意味にもなります。組織論として見た場合、組織の中の経験や知見を承継するプロセス作りにもなりますので、組織のサステナビリティに貢献します。さらに、若手従業員が自ら先輩や上司に学ぶことが習慣化すれば、他人から言われたことだけやれば良い、という受け身の姿勢ではなく、自分から何でも求めていく、という主体的で自立的な姿勢に変えていくことになります。従業員全員、特に現場の従業員の主体性や感性が高まることは、リスクセンサー機能を向上させます(人体に例えれば、体中に張り巡らされた神経の感度が向上します)ので、会社を強くするうえで非常に意義のあることです。
 次に、先輩や上司にとっての有効性です。松下幸之助氏の講話の直接の対象ではありませんが、部下や後輩には、俺の話を聞け、俺はお前の話を聞く必要がない、というわけにはいきませんから、若手社員への講話の中でのメッセージであるものの、先輩や上司に対するメッセージでもあるはずです。
 そうすると、これは特に、現場からの情報や、新しい問題意識を組織として吸い上げていくプロセス作りに貢献することが、容易に理解されます。
 さらに、わざわざ先輩や上司に対し、後輩や部下に対して「聞き上手」になれ、と言わなければならない理由を考えてみましょう。それは、先輩や上司の中には、経験の浅い若手従業員の話を最初から聞こうとしない人間が、一定の割合で存在するからです。とりわけ、他人の意見や情報によって、自分の優位性が揺らぐことを心配するような、「器の小さい」人間に見受けられる現象です。むしろ、若手の情報や意見を自分自身がどん欲に吸収して、自分自身も成長すれば良いのに、そんなことよりも、自分を脅かしかねない若手の揚げ足を取るような人間が、組織を壊していきます。先輩や上司に対し、若手従業員の話をよく聞くように指導することの必要性は、このような人間の弱さに起因するのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者に求められる資質の問題として見れば、第一に、松下幸之助氏が若手従業員に対して自らこのような話をしていることから分かるように、若手従業員が先輩や上司の話をよく理解するような組織、すなわち、トップダウン型の組織に典型的に見られるように、まずは上から下への指示が徹底され、内部統制が効いている組織を作り上げる能力が、素養として求められることがわかります。
 けれども、第二に、それだけでは裸の王様になりますから、ボトムアップ型の組織に典型的に見られるように、下から上に対する情報や意見の報告がなされるようにする必要があります。
 つまり、トップダウンとボトムアップは、その現象面だけ見れば対立するものですが、組織活動として見れば、場面ごとに分けて検討されるべき問題であり、両者は両立します。むしろ、組織内の機能ごとにそれぞれ個別に検討される問題ですので、トップダウンとボトムアップのどちらが優れているのか、という雑な議論をするのではなく、組織の中のどのような機能にはどちらが向いているのか、という視点で、丁寧に検証すべき問題なのです。

3.おわりに
 松下幸之助氏は、人を説得することと、人の話を聞くことを対比しています。たしかに、話を分かりやすくするために、両者を対比することが良くあります。例えば、「雄弁は金、沈黙は銀」という場合、雄弁の方に価値がある、いや、当時の希少金属の価値を考えると、沈黙の方に価値があるのだ、などと議論されることがありますが、このような議論でも、両者は対立するものと位置付けられています。
 けれども、実際には、両者を対立させるべきではありません。自分の成長に役立つ話を聞ければそれで終わり、というのは、ただの自己満足にすぎません。人の話を聞くのは、人を説得するための準備段階なのです。もちろん、人を説得できなかったとしても、人から沢山の経験やノウハウ、情報を引き出せれば、何もできずに説得に失敗するよりはるかにマシですが、相手が仮に上司であり、普段はその言うことを聞くのが大事だとしても、その上司を説得すべき場面で説得できなければなりません。
 このように、人を説得することと、人の話を聞くことについて、便宜上、対比することは構いませんが、実際にはこの両者の関係を理解し、使いこなすことが求められているのです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。



この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?