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松下幸之助と『経営の技法』#159

7/23 心配引き受け係

~上司が部下の心配を引き受けることで、部下は安心して仕事ができる。成果もあがる。~

 見方によっては、上司というのは”心配引き受け係”のようなものではないかと思う。下の人が安心して仕事ができるように、「なんだ君、そんなことで悩んでいるのか。そういうことは僕が心配するから、君は思い切ってやりたまえ」と言って、その心配を一手に引き受けてやる。そうすれば仕事のほうは下の人がどんどんやって、おのずと成果もあがるだろう。
 ある意味では、上司というのはそのためにあるのであり、社長というのは心配引き受け、悩み解消の総本山のようなものだともいえる。だから下の人は遠慮なしに自分の悩みを心配事を相談したらいい。そして、それによって心おきなく仕事に専心するということが実際においては大切だと思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 1つ目は、この言葉が実際に多くの経営者の採用するビジネスモデルと共通する、という点です。
 日経ビジネスや東洋経済など、経済誌には、多くの経営者が登場して、それぞれの経営理念や経験を語っています。機会があれば、いつも興味深く読んでいるのですが、時々見かける言葉に、経営者の役割や位置付けに関するもので、ここでの松下幸之助氏と同じ趣旨の言葉があります。
 例えば、「会社組織(注:上図の内部統制のこと)を、多くの会社では、社長がトップで、その下に役員、部門、下ろしていく「正三角形」で描いている。しかし、私は、社長が一番下で、その上に役員、その上に部門長がいて、一番上に従業員がいる、そういう「逆三角形」でないといけないと思う。」という趣旨の話をする経営者もいます。
 これは、部門長は部門の従業員たちが、外からの無用な影響を受けずに、常にその力を十分に発揮してもらうために、言わばショックアブソーバーとして、あるいは高層ビルの基礎部分に設置される免震構造体のように、裏方をするのが仕事であり、それら複数の部門の振動を吸収するのが役員であり、会社全体の振動を吸収するのが社長なのだ、という意味なのです。
 このように見ると、現場が実力を発揮するための裏方を、逆三角形を支える基礎部分として描く方法によって、松下幸之助氏のここでの言葉と同じ内容を説明しているのです。
 2つ目は、経営者や上司こそ裏方、という発想の背景です。
 なぜこれが問題なのかというと、会社組織は、本来、経営者や上司の指示や命令に基づいて一体として活動するからこそ、組織であることの意義があります。個人として活動するよりも、活動領域や活動量を大きくできるからこそ、わざわざ組織を作るのであり、バラバラに動いていては意味がないからです。
 そして、特にワンマン会社やベンチャー企業などに多く見かけられますが、ニッチな商品やサービスを売り込もうと取り組んでいる時期には、会社も限られたリソースで流れを作らなければなりませんので、組織が一体となって活動し、突破力を高めることが重要になります。この状況では、経営者や上司の命令を忠実に遂行する能力が、従業員に求められる最大の能力です。
 したがって、特にこのような一体性を重視する会社の場合には、会社組織は「正三角形」になるはずなのです。
 ところが、取引先や市場が多様化してくると、会社も多様なニーズや動きを素早く把握し、変化していかなければなりません。現場や、そこに直接接する従業員からの情報や意見を素早く組み上げなければ組織が社会から取り残されてしまいます。この状況では、多様性が重要となり、そのために従業員の自主性を高めていく必要があります。
 つまり、組織の一体性を壊さない範囲、という限定はあるものの、従業員の自主性を重んじ、多様性を高める方針で運営される組織では、現場の自主性や活気が大事であり、経営者や上司の指示や命令は重要でなくなります。むしろ、下手な指示や命令が、現場の多様性を殺し、せっかくの情報やアイディアが活用される機会を奪いかねません。現場が十分信頼でき、任せられるのであれば、経営者や上司は下手な口出しをしない方が良いのです。
 このように見れば、内部統制を逆三角形で表す、という発想や、ここでの松下幸之助氏のコメントは、内部統制上の問題のうち従業員の自主性にだけ焦点をあてれば(すなわち、組織の一体性を壊さない範囲内、という意味で)、多様性を重視したモデルを的確に言い表しているのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者としてここまで従業員に権限を委譲できれば、従業員の自主性を重視し、多様性を追求するビジネスモデルとして、十分成功している、と評価できるでしょう。特に、人材の獲得と教育が大変でしょうが、それが相当なレベルにまでやり遂げたからこそ、このように裏方に徹することができるのです。
 ですから、これから経営者を選ぶ場合には、面倒くさがって他人に押しつけておいて、成果だけ自分の手柄として横取りしておきながら、従業員の自主性を尊重して任せている、などという形だけの経営者を選ばないように、注意しましょう。

3.おわりに
 従業員の「心配」を全て引き受けていくと、きっとそこには、会社の基盤として作り上げなければならないものが見えてくるはずです。一々業務を止めたり、仰々しい組織再編をしたりしながら会社組織を変えていく方法だけでなく、実際に動いている業務の中で、裏方が引き取るべき業務を引き受けて処理していく中で、組織としての機能を作っていく方法もあります。松下幸之助氏の「心配引き受け係」という言葉には、会社組織やプロセスを、実際に業務を継続しながら柔軟に作っていく、という面も隠されているように思われます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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