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労働判例を読む#500

今日の労働判例
【吉永自動車工業事件】(大阪地判R4.4.28労判1285.93)

 この事案は、日額6000万円で勤務していた元従業員Xが、最低賃金を下回る給料しかもらっていなかったとして、会社Yに対し、差額の支払いを請求した事案です。裁判所は、Xの請求を概ね認めました。

1.実務上のポイント
 実務上、最も重要なポイントは、最低賃金を下回る給与しか支払われていなければ、差額の支払いが命じられる、という点です。この点は、特に問題ではないでしょう。
 けれども、この事案では、最低賃金を下回る部分の請求を、Xが事前に放棄していたかどうか、という点も問題になりました。
 すなわち、XはYに対し、本事案に先立ち、解雇予告手当の支払いを求める訴訟を提起しており、そこでYとの間で、Yによる解決金の支払いと、Xによるその他の請求の放棄(技術的に厳密に言えば、債権債務の不存在の確認)等を内容とする和解が成立していました。この請求放棄の合意によって、本事案で議論されている最低賃金との差額分の請求も放棄された、というのが、Yの主張です。
 けれども裁判所は、この主張を否定しました。
 それは、①自由な意思による放棄が必要だが、②この和解の際、最低賃金との差額の問題を意識していなかったのだから、自由な意思がない、したがって請求は放棄されていない、というのが、その趣旨です(より正確な言い回しは、判決で確認してください)。
 最近の裁判例では、「自由な意思」という言葉がよく使われます。取引行為のように、例えばハンコが押してあればそれで合意が推定される、という形式面を重視して判断するものではなく、実際に契約内容(特にその中でも自分にとって不利な内容)を十分理解し、納得していたかどうか、という実質面を重視するものですが、この「自由な意思」が、どのような場合に要求されるのか、その範囲は明確になっていません。
 その中で、本事案でも「自由な意思」が必要とされたのですが、本事案で「自由な意思」が必要とされること自体は、(最近の裁判例の傾向を前提とする限り)特に異論がないでしょう。というのも、最低賃金法は強行法であり、本人の意思がどうであれ、適用されるべきルールであり、本人が必要ないと認めていたとしても、強行的に、最低賃金が保障されるべきなのですから、Xの立場から見た場合、例え法律によって最低賃金が確保されるとされていても、それを放棄する場合には、かなり高度なレベルでの合意が求められるからです。もし、簡単に放棄を認めれば、簡単な書類にハンコだけ押させて、最低賃金との差額の放棄ができてしまい、そうすると、強行法の意味が無くなってしまうのです。
 本事案で問題になったのは、訴訟上の和解であり、裁判所も関与した、法的にも効力の強い合意(例えば、和解調書には強制執行する権限が与えられています)なのですが、それでも、「自由な意思」が必ず認められるわけではない、という点が、実務上のもう一つのポイントでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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