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松下幸之助と『経営の技法』#186

8/19 能力の集中と分散

~人間の能力には限度がある。能力の分散は、それぞれの仕事を粗雑化してしまう。~

 およそ人間の能力には限度があるのであって、多方面を1人が兼ねて担当するということは、能力を分散し、結局そのいずれをも粗雑化してしまい、精緻にして完璧な、高度の専門的な運営効果は期しえないと思う。
 先日、灯器製造所の支配人にも、多額の製品種目は廃して、探見(注:懐中電灯の種類の1つ、探見電灯のこと)、小型電灯の2つを徹底してやってもらいたいと言ったが、彼は、「私は他のものもやりたいが」との話である。そこで私は、「それはやめてくれ。研究することはよいが、今は2種にとどめてほしい。ただしそれを世界的なる商品たらしめてもらいたい。全精力を1品に集中し、鍍金(メッキ)を担当する者は、いかにすれば堅牢な光沢よきものができるか、設備操作に工夫と創意を凝らし、ケースをつくる人は、常に優美と機能の向上に、圧延絞り加工いかんと、絶えざる検討を加えて、どの部分を見ても世界最高水準品としてほしい。種類は10分の1であっても、世界の人から愛される優秀性能により、それらを合わせた生産額をはるかに上まわる数字を、探見電灯1つで獲得できることは、何と素晴らしいことではないか」と話したので、「わかりました」と言ってくれた。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでは、先日の8/18の#185で示された、「品質競争」の具体的な方法について検討しているものと整理できます。
 1つ目のポイントは、品質競争に挑むための具体的な戦略を、経営者である松下幸之助氏自身が示している点です。
 この点は、一見すると、従業員の自主性や多様性を重視し、権限をどんどん委譲していく経営モデルから見ると、一貫しないように見えます。たしかに、完全に丸投げしているのであれば、このような口出しはしないはずです。
 けれども、たとえ従業員の自主性や多様性を重視するにしても、一定の求心力が必要です。組織としての一体性が無くなってしまうと、組織の意味が無くなってしまいます。したがって、経営者には従業員の自主性と組織の一体性のバランスを取り、求心力を維持してベクトルを合わせるような統制力が求められます。つまり、多品種で行くという戦略について、会社全体で見た場合の品質競争という方向性と合わない部分がありますから、多品種戦略と品質競争のベクトルを合わせなければなりません。
 このように見ると、松下幸之助氏は、現場に権限を委譲しているからこそ、多品種戦略という戦略が出てきたのです。もし、現場に権限委譲していなければ、最初から少品種精鋭で行こう、という戦略を指示していたはずだからです。このように、現場に権限委譲し、出てきた商品戦略について、会社全体の品質競争と方向性を合わせるために、すり合わせを行い、現場に方針の変更を指示しているのです。
 2つ目のポイントは、経営のメッセージを伝える方法です。
 これは、7/27の#163「小事と大事」で検討したことですが、経営者のメッセージを伝える方法として、大事ではなく小事についてこそ、しっかりと経営の判断を示すことで、現場にもそのメッセージが明確に伝わります。銀行の窓口で、1円でも勘定が合わなければ全員が残業して、答えが出るまで原因を探す、という方法は、費用対効果を考えると明らかにマイナスですが、お金がどれだけ大事なのかを全従業員に実感させる方法として見れば、非常に効果的です。まさに、骨身に沁みるからです。
 ここでは、まず従業員たち自身に商品戦略を立てさせたうえで、経営者自らが経営方針との関係を明らかにし、商品戦略を修正させています。いきなり上から指示されるのではなく、自分たちで考えた後に、その考えを添削されるのですから、同じ指示であっても、経営者のメッセージとしてはより強烈に印象に残るのです。
 このように、「品質競争」という戦略を経営者と現場がどのように分担して具体化していくのか、というプロセスから、会社経営の具体的な手法が見えてきました。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、従業員の教育に長けていることが、経営者の資質の1つである、と読み取ることができます。上記で検討した経営手法を、従業員の教育ツールとして見た場合、現在の言葉でいえば、いわゆるOJT(On the Job Training)と言えるでしょう。
 松下幸之助氏は、現場の自主性や多様性を重視する経営モデルによって現場にどんどん権限を与えつつ、会社の一体性を維持するためのすり合わせの中で、巧妙に現場従業員たちの教育も行っているのです。

3.おわりに
 現在の経営学も、会社経営の在り方について、従業員の人間としての習性まで遡ってすり合わせ、分析を行います。松下幸之助氏が、人間の能力の限界を見れば、分散するのではなく集中することによって品質を高めることができる、したがって、組織としても限られた能力を分散せずに集中しよう、という戦略に高めている思考方法は、現在の経営学を先取りしたことのようにも思われます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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