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労働判例を読む#529

※ 元司法試験考査委員(労働法)

【日本クリーン事件】(東京高判R4.11.16労判1293.66)

 この事案は、清掃会社Yの従業員が個人宅の清掃の際、タンブラーを防カビ剤で洗浄した後、洗剤での洗浄やすすぎを忘れたために苦情が寄せられた事故に関し、同僚の従業員Xが当該事故を労働組合に報告し、労働組合が組合報や一般公開されているHP上に事故の内容を掲載したことが懲戒事由に該当するとして、諭旨解雇とし、Xがこれに従った自主退職をしなかったので、YがXを解雇した事案です。
 裁判所は、1審2審いずれも、解雇を無効と判断しました。

1.懲戒事由該当性
 秘密漏洩があったかどうかが問題となりました。
 裁判所は、Xが組合に報告した時点ではなく、それが組合報やHPで報告された時点が、漏洩の時点であるとし、Xも組合報に掲載される原稿の内容を確認したはずである、などとして秘密漏洩を認めました。Xは、確認していない、などと主張したのですが、報告者に内容を確認せずに掲載しないだろう、という理由でXの主張を否定しました。
 そのうえで、当該記事がYの社会的信用を害するとして、懲戒事由該当性を認めました。

2.処分の相当性
 ここでまず注目されるのは、判断枠組みです。
 裁判所は、相当性の判断枠組みとして、1審は、❶行為の内容、性質、❷目的、❸内容の真実性、❹その他の事情(被告における情報管理の状況、原告の態度等)を設定しました。2審はこれをさらに詳細にし、①行為の内容、性質、②行為の目的やそれが行われた経緯、③漏えいされた情報(本件掲載事項)の真実性、④当該行為による結果やその後の影響、⑤控訴人における情報管理の状況、⑥処分対象者の言動・態度と再発の可能性、⑦処分対象者の処分歴の有無とその内容等、を設定しました。❶≒①、❷≒②、❸≒③、❹≒④⑤⑥⑦、という関係でしょう(但し、下記のとおり、❶≒④と評価することもできます)。
 近時の裁判例では、裁判所が事案に応じた判断枠組みを柔軟に設定して議論を整理しており、その中で本事案も、判断枠組みの設定の仕方について参考になります。
 次に、❶①の判断です。
 この点は、1審では、社会的信用を害する程度が比較的限定的である、と評価していますが、2審では、少し異なる観点から判断しています。上記1では、秘密漏洩がYの社会的信用を害する、と認定したのですが、この①では、義務違反として社会的信用を害すると評価されるが、その程度は限定的である、と評価しました。2審が1審と違って重視している点は、近時、「企業の情報管理体制の重要性が繰り返し指摘されている社会情勢」にあること、労働組合への相談であっても、「機密事項や個人情報に関する守秘義務が解除されるものではない」こと、です。
 従業員の情報漏洩への対策が問題になっていますが、その際の考え方として参考になります。
 次に、④の判断です。
 この点は2審が新たに設定した判断枠組みですが、一審が❶で判断したように、社会的信用を害する程度が限定的である、と認定しました。Yの申し入れでHPの公開が限定的になったことや、苦情を申し入れた顧客が再発防止策を受け入れてくれたことを、2審が重視しています。
 2審は1審と違う判断枠組みの中で、同じような事情を検討しており、裁判所が判断枠組みを柔軟に設定していることがわかります。
 そのうえで2審は、Xの守秘義務違反は重大であるが、悪意はなかった点や損害が発生しなかった点などを重視して、相当性を否定しました。
 判断枠組みは、全てが揃っていたり、逆に全てが否定されたりしなければ意味がないのではなく、ここでの判断のように、判断枠組みの一部は認められ、一部は否定されても、全体として総合判断して結論が出されます。すなわち、判断枠組みはチェックリストのようなものではなく、議論を整理するものである、ということが理解できます。

3.実務上のポイント
 2審も指摘するように、会社の情報管理体制や個人情報への配慮については、近時、社会的に注目されており、Yが神経質に対応した背景も理解できます。
 けれども、実際にそれで炎上したわけでも、取引が解消されたわけでもない状態では、少なくとも退職状態になるような厳しい処分(諭旨退職→解雇)をすることは難しい、と言えるでしょう。信頼できない、一緒に働けない、という主観的な感情問題にすぎない、とまでは言いませんが、何か具体的な問題が発生しない状況であれば、会社の判断の合理性が、客観的に説明しにくいのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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