労働判例を読む#322

今日の労働判例
【東神金商事件】(大阪地判R2.10.29労判1245.41)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、会社Yが、負債が膨らんだことを理由として退職金制度を廃止したことに関し、退職した元従業員Xらが、受け取った退職金額が少ない、廃止以前のルールに基づいて退職金を支払うことを求める、として争った事案です。裁判所は、Xらの請求をかなり広く認めました。

1.実務上のポイント
 本判決は、退職金制度の変更について有名な「山梨県民信用組合事件」の最高裁判決(最二小判H28.2.19労判1136.6)をルールとして引用しています。
 具体的には、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」と示されたものです。
 特に、「自由な意思」「合理的」「客観的」がポイントとなります。山梨県民信組事件は、複数の信金が合併し、従業員の給与制度などを揃えるために退職金制度も変更したのですが、詳しい説明がなく、後になって退職金が半額に減ったり、場合によってはゼロになったりすることに気づいた、という事案でした。裁判所が特に指摘しているのは、判断に必要な十分な情報が示されなかった、という点です。
 これに対して、本判決で特に指摘されているのは、会社の負債が膨らんだのは自社ビルを建てるために3億円を借り入れたことが原因であり、それで退職金がなくなることを従業員は納得しないはずだ、という点です。
 山梨県民信組事件と比較すると、退職金制度を廃止する本事案の方が、ルール改正の中身が明確で理解しやすいでしょうが、そもそも退職金制度を変更する理由について、本事案の方が従業員の納得を得にくい、と整理できます。
 そうすると本事案は、「自由な意思」が認められないパターンとして、山梨県民信組事件のような十分な情報開示や説明がなかったパターンと異なり、従業員がその合理性を認めにくいパターン、と整理することが可能でしょう。今後、従業員にとって不利な合意を求める場合、会社側の事情について従業員の十分な理解を得ることがポイントになります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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