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労働判例を読む#493

今日の労働判例
【熊本総合運輸事件】(最二小判R5.3.10労判1284.5)

 この事案は、支給される給与の総額が実質的に決められている会社Yの従業員Xが、支払われるべき時間外手当等が支払われていないとして争った事案です。
 1審は、①調整手当が、時間外手当等の計算の基礎となる基礎賃金に該当する、としてXの主張の一部を認めたものの、②会社固有のルールに基づく手当(「本件割増賃金」と略称していますが、これは、調整手当と本来の時間外手当等に分けられます)によって、本来の時間外手当等を支払ったことになる(カバーする)、としてXの主張の一部を否定しました。

図1 一審・二審での用語
  本件割増賃金=調整手当+(会社の)時間外手当等
  (会社の)時間外手当等⊃(本来の)時間外手当等

 Yは①の判断を受け入れて、命じられた金額を支払いましたが、Xは②の判断を不服として控訴しました。2審は②について(その判断に必要な範囲で、①についても再検討しています)、1審の判断を維持しましたが、最高裁はこの2審の判断を否定し、再審理のために差し戻しました。

1.①と②の関係について
 ここで、1審・2審と最高裁の判断を分けたのは、明確区分性・対価性、という概念の捉え方です。
 明確区分性・対価性は、判例上、残業時間から計算された残業代等をそのまま支払うのではなく、固定額(固定残業代制度の場合)やその他の簡易な計算方法で支払うこととして、結果的に、残業代も含めた全体の金額を一定にしたり、残業代の計算を省略して簡易に支給額を決定したりする給与制度の場合、これが有効と評価されるために必要とされる要件として、一貫して要求されているものです。
 すなわち、残業代等に代わるべき部分が、他の部分から明確に区分され、かつ、超過時間勤務の対価としての性格があることが必要であり、これが欠ければ、残業代等が支払われたとは認められなくなりますから、残業代等を追加で支払わなければならなくなります。
 このように、明確区分性・対価性は、特に上記②に関する判断で用いられる概念でした。そして、1審・2審は、②に関して、明確区分性・対価性を認め、最高裁はこれを否定したのです。
 ところで、②の検討の前に、1審・2審で注目すべき点を指摘しておきましょう。
 それは、1審・2審は、①についても、明確区分性・対価性が必要とした点です(もしかしたら私の理解不足であり、本来は①のための概念だったのが、②の場面で用いられるようになったのかもしれません)。
 そのうえで、①についてはこれを否定し、調整手当が基礎賃金に含まれる、と評価しました。すなわち、①の場合には、「時間外労働の対価としての」明確区分性・対価性、という表現を用い、これが満たさない、と評価しました。
 他方、②の場合には、「時間外労働手当としての」明確区分性・対価性、という表現を用い、これが満たされる、と評価しています。
 話をややこしくしているのは、冒頭の図のように、本件割増賃金・調整手当・(会社の)時間外手当等の3つの概念があるからですが、この点を注意して、議論を整理してみましょう。
 1審・2審は、①について、調整手当が基礎賃金に含まれる(判別可能性・対価性がない)とし、②について、調整手当は(本来の)時間外手当等を含まないが、(会社の)時間外手当等は(本来の)時間外手当等を含む(判別可能性・対価性がある)、と判断しました。
 最高裁は、①の判断をしていませんが、②について、調整手当や(会社の)時間外手当等ではなく、本件割増賃金を問題にし、本件割増賃金には判別可能性・対価性がない、と評価しました。
 ①と②の両方で同じような明確区分性・対価性という言葉を使うことが適切なのか、という名称の当否の問題だけでなく、①該当性を判断する基準として何が適切なのか(1審・2審の判断は適切だったのか)等は、今後議論されるべき問題でしょう。

2.1審・2審と最高裁の構造
 既に概要は上記1で述べましたが、②について、少し掘り下げましょう。
 1審・2審は、❶調整手当は(本来の)時間外手当等を含まないが、❷(会社の)時間外手当等を問題にし、残業時間等がデジタコで把握されるなど、客観的に管理されており、就業規則の規定に基づいて基本給などから計算することができるので、明確区分性・対価性がある、としました。
 これに対して最高裁は、❸調整手当や(会社の)時間外手当等ではなく、本件割増賃金を問題にし、❹本件割増賃金には判別可能性・対価性がない、と評価しました。
 このように論点を整理すると、実は、1審2審と最高裁は、全く異なる論点を議論しており、重なっていません(辛うじて、❸が❷の議論を前提から否定している、という意味で関連付けられる)。上記の図に当てはめてみましょう。

最高裁での用語との関係
 ❹本件割増賃金(最高裁、×)
 =❶調整手当(1審2審、×)+❷(会社の)時間外手当等(1審2審、〇)

 この図を見て気づくのは、❶調整手当について判別可能性・対価性がないことは、1審2審も認めていますので、調整手当と(会社の)時間外手当等を一括して、すなわち最高裁のように本件割増賃金として検討すると、やはり判別可能性対価性が否定されるでしょうから、❶の部分だけを見れば、最高裁と1審2審は矛盾しないようにも見えます。
 けれども、詳細に見ると、最高裁は❷について否定的な判断を示しています。次の段落で検討しましょう。

3.判別可能性・対価性の意味
 最高裁は、❹本件割増賃金の判別可能性・対価性を否定した理由を、以下のように指摘していますが、特に最後の理由が、❷(会社の)時間外手当等の判別可能性・対価性に関する否定的な評価になります。
a) 給与制度の変更により、旧基本給≒新基本給+調整手当、基本給自体は大きな減額
b) 本件割増賃金は、「想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金」
c) これらの変更内容を、変更の際、説明不十分
d) 本件割増賃金のうち、「どの部分が時間外労働等に対する対価に当たるか」が不明確
 すなわち、この最後の理由d)が、判別可能性・対価性について言及し、不明確であるとしてこれを否定していますので、❷に関する1審・2審の判断に対する否定的な判断である、と評価できるのです。
 けれども、1審・2審が❷(会社の)時間外手当等の判別可能性・対価性を肯定したのは、前提となる(実際の)時間外手当が、デジタコなどで客観的に測定され、就業規則の規定によって計算可能であることを理由としているようです。すなわち、金額それ自体について言えば、客観的に計算可能であることを意味し、計算されるべき時間外手当等について言えば、本件割増賃金の中から、計算して示すことができることを意味します。
 これに対して最高裁は、上記の❸の部分で、調整手当と時間外手当の区別は、「本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができない。」と述べたうえで、上記d)を述べています。デジタコで客観的に測定され、就業規則の規定によって計算可能であっても、本件割増賃金全体から見ると、判別可能性・対価性がない、という説明のようですが、ではなぜ判別可能性・対価性がないのか、1審・2審のどこが間違いなのか、について、計算上の区別、ということ以外に明確な説明はされていません。
 このことから、判別可能性・対価性について、どのような判断が示されたと言えるでしょうか。
 一つ目の見方は、「国際自動車事件」の最高裁判決(最一小判R2.3.30労判1220.5, 15, 19、労働判例読本2021年版336頁)と同様、残業代に相当する手当が他の手当と一体になっている場合には、判別可能性・対価性が否定される、という見方です。本判決のこの表現を文字通り読むと、このように評価できるでしょう。
 けれどもこの見方は、その後に出された「トールエクスプレスジャパン事件」の判決(高裁判決ですが、最高裁がこの判断を支持しています。大高判R3.2.25労判1239.5、労働判例読本2022年版384頁)に合致しないように思われます。というのも、後者は、残業代に対応する部分の算定について、前者と異なり計算過程で時間外手当以外の要素が混入していないこと等を根拠に、前者が適用されず、判別可能性・対価性は肯定される、としているからです。すなわち、残業代に相当する手当が他の手当と一体になっていただけでは、判別可能性・対価性は否定されず、両者が混ざっているような場合に否定される、というのが、両判決を統一的に把握した場合の最高裁の示したルールと思われるからです。
 二つ目の見方は、したがって残業代に相当する手当と他の手当が一体となっていることが問題ではないのだから、それ以外の理由、すなわちa)~c)が理由となって、判別可能性・対価性が否定される、という見方です。すなわち、a)就業規則の不利益変更にもあたるような事情があり、b)極めて長時間の残業代を予め認めてしまうような金額であり、c)ルール変更のプロセスが不適切であるような場合、という不当な事情が重なった場合である、ということになります。
 この二つ目の見方によれば、判別可能性・対価性には、以下の3つの異なるルールが含まれる、と整理できるでしょう。
i) 本来の意味の判別可能性・対価性、すなわち残業代に相当する部分がはっきりわかるかどうか
ii) 残業代相当部分とそれ以外の手当が混ざっているかどうか
iii) a)~c)のように、不当な事情が(複数)あるかどうか
 このうち、i)が判別可能性、ii)が対価性、iii)が合理性(=不当でないこと)、とでも言えるでしょう。
 今後のルール、という観点から見た場合、一連の最高裁判決が積み上げてしまったような、(i)~(iii)を全て「判別可能性・対価性」という同じ言葉で括ってしまうのではなく(連続性と正当性を確保するため、最高裁の立場としては止むを得ないのかもしれませんが)、3つそれぞれ異なるルールとして明確に区別した方が、より好ましいように思われますが、いかがでしょうか。

4.実務上のポイント
 Yの給与体系は、当初、従業員への支給額が一定に定められていて、その内訳として、そこから基本給・基本歩合給を控除した額を時間外手当としていました。しかし、労基署から労働時間管理を適正にするように指導されたことを踏まえて、就業規則を変更し、給与体系を改めました。その結果、従業員が受け取る金額に大きな変更はないものの、内訳が大きく変更されました。すなわち(概要)、基本給・基本歩合給が大幅に減額され、労基法37条などに基づいて計算される(会社の)時間外手当等を支払うこととされ、さらに調整手当という手当が設けられました。冒頭のとおり、(会社の)時間外手当等と調整手当を合わせた本件割増手当が設けられたのです。
 Yからすると、労基署に問題であると指摘されて給与制度を整備したところ、今度は裁判所から問題であると指摘された、一体どうすればよかったのか、と思うかもしれません。
 しかし、手取り金額を一定にし、労働時間の管理を省力化しようという観点から、給与制度を設計する場合に、残業時間を受け止める手当部分を設定するには、単に計算上それが判別できるだけでなく、その計算方法や、導入プロセスまで配慮しなければならない、ということが示されたと言えるでしょう(上記(iii))。
 他方、合わせて明らかになったのが、残業時間の長短に関わらず手取額が変わらないような給与制度が、どのような場合に有効になるのか、というルールについて、未だ裁判所の判断が定まっていない、という点です。
 本事案で最高裁が示したのは、手取額が変わらないような給与制度は全て違法、ということではないと思いますが、けれどもとてもハードルが高い、ということは言えるでしょう。
 今後の動向を注視する必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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