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松下幸之助と『経営の技法』#158

7/22 悪い情報は貴重である

~悪い情報を出しやすい雰囲気をつくる。そうして真実を知り、必要な手を打つ。~

 こんな問題がある、ここはこうしなくてはいけない、といったことがあれば、それについてはいろいろな手を打たなければいけない。それが指導者の耳に入ってこないというのであれば、必要な手も打てなくなってしまう。
 ところが、実際には、そういう悪いことはなかなか伝わってこないものである。誰でも悪いことよりいいことを聞くほうがいいのが心情である。いいことを聞けば喜ぶが、悪いことを聞けば不愉快になり、機嫌も悪くなる。だから、いきおい皆もいい話しかもってこなくなり、真実がわからなくなってしまいがちなのが世の常である。
 徳川家康は、主君に対する諫言は一番槍よりも値打ちがあるといっている。一番槍は昔の武士にとって最高の名誉とされたが、それ以上の価値があるというわけである。言い換えれば、諫言というものは、それほど貴重でかつ難しいもんだということになる。
 だから、指導者はできるだけそうした諫言なり悪い情報を求め、皆がそれを出しやすいような雰囲気をつくらなくてはいけない。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 1つ目は、リスクセンサー機能です。
 会社を人体に例えた場合、簡単な情報(熱い、痛い、など)だけに反応するシンプルなセンサーが、かなりの高密度で体中を巡っています。つまり、何も全員が難しいことを判断できなくても、全従業員が、それぞれの持ち場でのリスクに気づいて、報告し、伝達される体制ができることが、会社のリスク対応力を格段に高めます(『経営の技法』を参照してください)。
 この中でも、ここでは特に「伝達」の重要性が指摘されています。下手な忖度によって情報が伝達されなければ、「裸の王様」になってしまう、と警告されているのです。
 2つ目は、信賞必罰との関係です。
 職業柄、労働訴訟に関する裁判例を多く読み込んでいますが、上司、特に経営者の批判を、「秩序違反」「指揮命令違反」「協調性なし」などに該当するとして処分をし、それを不服とする(元)従業員と訴訟になる事例を、比較的多く見かけます。度を越えた、為にする議論であれば、文字通り「秩序違反」「指揮命令違反」に該当するでしょうが、ここで松下幸之助氏の指摘するような、経営にとって有意義な情報を報告し、非難する場合であれば、処分すること自体が法的にも問題になります。
 裁判所は、会社側の事情(どの程度、会社に悪影響が出たのか、など)と従業員側の事情(どの程度、悪気があったのか、など)に加え、その他の事情(表現の方法、時期、など)を総合的に考慮して評価する傾向にあると評価できます。あるいは、「必要性」(耳の痛い報告をする必要性や目的の合理性)と「相当性」(報告の仕方として適切なのか)という観点から検討する場合もあるでしょう。
 このように、非難されたと感じた経営者は、すぐにカッとなって処分を指示するのではなく、一晩休んで、落ち着いた頭で、ここで示した裁判所の味方のような、客観的な観点から、本当にこれが処分対象なのかどうかを考えましょう(『法務の技法(第2版)』の「記者会見テスト」など)。
 3つ目は、方法です。
 松下幸之助氏は、組織の中で悪い情報が上がってくるようにする方法として、徳川家康の言葉を引用した後、雰囲気作りを指摘しています。さらに言えば、一番槍よりも価値があるというのならば、一番槍以上に褒賞を与える方法も考えられるでしょう。現場の意見や誰も気づいていない情報を適切に上げてきたことを表彰するのです。
 このように見ると、「カイゼン」「QC活動」「シックスシグマ」等の現場の自主活動も、現場の自主活動が必要であるということは、管理職者や経営者による戦略や指示が完全でないからこそなので、経営にとって本来耳が痛い情報でもあるはずです。つまり、経営や管理職者の指示や命令のアラを探し出し、その改善策を見せつけるのですから、言い方ややり方を間違えれば、とてもギスギスした雰囲気になりかねません。
 けれども、「カイゼン」「QC活動」「シックスシグマ」等の自主活動は、非難めいた部分よりも、現場も一緒に経営に関わっていく面がうまく出てくれば、非常に盛り上がり、会社の一体感や、華やかで楽しい雰囲気を共有できます。
 このように、経営の耳にとって痛い情報も、報告のさせ方次第では、ネガティブではなく、ポジティブな雰囲気の下で集めることも可能なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者のタイプとして、経営者以下会社が一丸となって動く、突破力と組織の一体性を重視するタイプの、ワンマン型の経営者と、松下幸之助氏の多くの言葉から見えてくるタイプですが、従業員の自主性を育て、多様性を重視するタイプの、教育者タイプの経営者に分けた場合、裸の王様になりやすいのは、ワンマン型です。従業員に求めるのは、忠実に命令を遂行する能力であり、たとえ従業員が良かれと思って経営者に諫言したとしても、その態度自体を(話の中身を聞こうともせずに)命令遂行しない反逆性の表れ、と評価してしまいがちなのです。
 つまり、耳の痛い話にも耳を傾けろ、裸の王様になるな、という経営者に対するメッセージは、経営者自身がワンマン型から教育者タイプへの変革のきっかけになり得るのです。

3.おわりに
 ここで、諫言を聞いて機嫌が悪くなることを松下幸之助氏が指摘していますが、このことから、経営者は感情を出してはいけない、という意味に受け取る必要はありません。
 『法務の技法(第2版)』の「感性」で検討していますが、緻密な仕事を真面目に積み重ねていけば、最初のころは分析しなければ出なかった結論が、感覚的にすぐに結論が見えてくるようになります。もちろん、それで終わりにするのではなく、感性の出した結論を検証し、判断に間違いのないことの確認が必要なのですが、会社経営陣は、それぞれの分野の「プロ」の集まりであり、皆、このような「感性」を持っているはずです。
 ですから、役員会での議論も、言葉だけを見れば子供じみた喧嘩に聞こえることがあります。「そんな雑なやり方は止めろ!」「なに?この新しい発想は、今までのやり方やると、腐ってしまって、角が取れてしまうんだ。まずは始めてみて、不具合を調整しながらすすめるべきだ」というような会話をイメージしましょう。いずれの発言も、具体的な根拠が一切ありませんが、「雑」と言うからには、きっと検証すれば問題点がもっと出てくる状況なのでしょう。他方、「腐る」「角が取れる」と言うからには、市場での反応が期待できるものが含まれているのでしょう。この2人の役員の意識のズレから、参加している役員は問題の所在を的確に把握できるはずですから、実施に移すかどうか、どのように実施するか、などについて大きな方向性を示すことがきっとできるはずです。
 そして、このような「感性」をツールとして使っている経営陣たちは、どうしても感情的で子供じみたところが表に出てきます。不愉快に感じる案件は、経験上、手を出すべきでない案件です。聞いてて楽しくなる案件には、明るい未来が見えるのです。
 ですから、機嫌が悪くなる、ということ自体を、経営者は否定する必要はありません。ちゃんとした経営者としての「感性」の持ち主であれば、機嫌が悪くなる、ということ自体も、重要な情報だからです。問題は、機嫌が悪くなることによって得た、この重要な情報を、どのように使うのか、という方法論なのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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