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労働判例を読む#547

※ 元司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【Man to Man Animo事件】(岐阜地判R4.8.30労判1297.138)

 この事案は、高次脳機能障害・強迫性障害を有するXが、障害者の雇用促進を前提とする会社Yで勤務していた際、配慮の欠ける処遇・対応をしたとして、損害賠償(500万円)を請求した事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.法律構成
 Xが健常者であれば、Xの上司やYによる配慮の欠ける処遇・対応について、ハラスメントの成否が問題とされたところです。
 けれどもXは、①自らが「障害者」(障害者雇用促進法)に該当する、としたうえで、②障碍者雇用促進法36条の2~5に定める義務(裁判所はこれを、「合理的配慮義務」と表示しています)に違反する、として、数多くのエピソードを指摘しました。
 障碍者雇用促進法に関する裁判例をこれまで見たことがないので、いずれも非常に興味深い論点です。

2.障害者(①)
 障害者雇用促進法の規定を確認しましょう。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。第六号において同じ。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。
(以下、省略)
 裁判所は、まず、Xの高次脳機能障害・強迫性障害が「身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害」に該当する、と判断しました(独特な表現をしていますが)。
 次に、Xの具体的な症状、すなわち「腰を痛めている」ために「運動靴しか履けない」ことについて、以下のように判断しました。
・ 「腰を痛めている」ことは、高次脳機能障害・強迫性障害にもたらされたものとは直ちに認められない。
・ したがって、履物に関して配慮を求めることが、「合理的配慮」に該当しない。
・ しかしXは、履歴書・口頭で運動靴しか履けないことを伝えていた。Yも、これを認識してXを雇用した。
・ したがって、履物に対する配慮は、合理的配慮に準じるものとして扱う。
 このように、「障害者」に該当しないが、結果的にこれに該当する場合と同様に、「合理的配慮」が必要と判断しました。
 1つ目の段落で示された判断は、具体的な症状(腰の痛み)によって判断するのであって、その原因となるべき障害で判断するのではない、ということを意味するのでしょうか。これは、職業生活への制限や困難さが示されていることが、このような解釈の理由であるように思われます。
 3つ目の段落で示された判断は、これをさらに踏み込んだものと言えるでしょう。すなわち、原因となるべき障害が無くても、障害者の場合と同じ合理的配慮が必要になります。
 このように整理すると、一見、障害者の範囲を限定しているようです(1つ目)が、実は、障害に該当しなくても、障害者と同様の配慮が必要になる、という可能性が示したのです。何か障害者と同様の症状があり、会社がそのことを了解している場合には、障害者でなくても障害者と同様の配慮をする必要が生じうることについては、今後、より議論されるべきポイントと思われます。

3.合理的配慮(②)
 裁判所は、YがXに対して自立・能力向上のための支援・指導が許容されていて(同法5条)、Xも能力向上に努力すべき立場にある(同法4条)、という前提を示したうえで、「合理的配慮(義務)」について、特に、YがXの能力拡大のための提案(支援、指導)をした場合に関する具体的な判断枠組みを示しました。
 それは、形式的に配慮すべき事項と抵触する場合であっても、「事案の目的、提案内容が原告に与える影響などを総合考慮して」配慮義務違反を判断する、というものです。形式的に抵触しているかどうか、ということだけで配慮義務違反にならないのです。
 結局、総合判断、という判断枠組みに辿り着いたのであって、判断枠組みを見ただけでは、パワハラの場合の一般的なルールである「安全配慮義務」(労契法5条)と、具体的にどのように異なるのか、よくわからない判断枠組みとなりました。すなわち、健常者に対するパワハラの場合と、障害者に対する合理的配慮義務違反の違いは、判断枠組みを見ただけではよくわからない、ということになります。

4.具体的判断
 裁判所は、8つのエピソードについて、1つずつ「合理的配慮義務」違反があるかどうか、を検討しています。それぞれがどのような出来事なのかについては、判決文の、各エピソードに付けられた、以下のようなタイトルが端的に示しています。ここでは、各エピソードの具体的な内容の紹介は省略し、これらが合理的配慮義務違反ではないと判断した理由を整理しましょう。
(1) ブラウス着用の強要
 強要していない。ブラウス着用は、業務遂行能力の向上につながる。
(2) くしゃみの際に手を当てることの強要
 注意はしたが、当然のこと。マナーであり、手を当てることは、業務遂行能力の向上につながる。
(3) 業務指示者の突然の変更
 一時的な変更にすぎない。
(4) 業務の突然の変更
 自家用車での通勤は、予め伝えられており、通勤開始以前に3回送迎し、通勤可能であることを確認した。
(5) スーツ着用の強要
 スーツ購入を勧めたにすぎない。スーツ着用は、業務遂行能力の向上につながる。
(6) ビニール手袋装着の禁止
 汚れた手袋で食器を洗わないように注意したが、これはマナーであり、業務遂行能力の向上につながる。手袋をしてコーヒーを入れることを禁止していないし、これも業務遂行能力の向上につながる。
(7) 革靴使用の強要
 強要していない。革靴使用は、社会人としての活動範囲を広げる。
(8) バスでの移動の強制
 強制していない。
 このように整理すると、Xに対する不当な言動がそもそも認められない、という理由と、Xへの指導として合理的である、という趣旨の理由の組み合わせであることがわかります。
 ここでは特に、指導として合理的である、とする点が注目されます。
 すなわち、ブラウス・革靴・スーツの着用や、手を当てること・手袋禁止が、業務遂行能力の向上などにつながる、という評価は、随分と大げさなようにも感じますが、Xの障害により、注意障害・遂行機能障害・言語機能障害・記憶障害があり、Yでは障害者雇用の促進が図られていたのですから、極めて基本的・常識的な内容の指導であっても、Xにとって有益である、と評価できるのでしょう。
 障害者に対する会社の「合理的配慮義務」が求められ、(おそらく)会社側の義務のレベルが高くなっている一方で、配慮義務の履行として評価される範囲も広がっている、という関係にあるように思われます。

5.実務上のポイント
 会社の配慮義務について見ると、一面で厳しくなっているが、他面で緩やかになっており、結局変わらない、という評価ができるかもしれません。
 けれども、仮に緩いとしても、広く配慮してあげなければならない、上記のような社会復帰に役立つことまで教えてあげないといけない、逆に言うと、社会復帰に役立ちそうなことを教えてあげないと、合理的配慮義務違反になりかねない、と言えるかもしれません。つまり、配慮義務の範囲が広がった可能性もあるのです。
 障害者雇用促進法の「合理的配慮義務」に関し、裁判例が少ない状況で、今後の動向が注目される問題です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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