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労働判例を読む#415

【ベルコほか(代理店従業員・労働契約等)事件】(札幌地判R4.2.25労判1266.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、冠婚葬祭サービスなどを互助会員制で提供する会社Yの代理店A・Bの従業員X1~X4が、Yに対して、未払賃金などの支払いを求めた事案です(A・Bの経営者個人に対する請求に関しては省略します)。XらとYは直接の契約関係にありませんから、未払賃金などの請求が認められるためには、YとXらを結びつける特別なルールに該当することが必要となります。
 Xらは、YとXらを結びつける特別なルール(主なものに限ります)として、①法人格否認の法理(A・BとYの実態は一体で、別法人ではない)、②商業使用人による契約(XらはYの使用人と契約したから、労働契約はYとXらとの間に成立する)、③黙示の労働契約(実態を見ると、XらはYと直接契約した)、④派遣法40条の6の1項に該当し(Yが派遣を偽装したので)、YとXらの間に直接の雇用関係が成立する、というルールが適用されると主張しました。
 裁判所は、①~③の適用を否定しました。④については、同号適用の条件の多くが満たされたことを認めつつ、Xらが同号の適用を求める機会(同号適用の最後の条件)をYが不当に奪ったとして、Xらに対し、慰謝料10万円ずつの支払いを命じました。

1.YとA・Bの関係
 ①~③それぞれ固有の問題がありますが、共通する問題は、YとA・Bの関係です。
 ここでは、Xらの請求が認められるために必要な、YとA・Bの関係だけに着目してみましょう(敢えて、その他の条件の検討を省略します)。
 ①の場合には、A・Bが形骸化しているか、Yと一体となっているかしていて、A・Bを独立した存在と認め難いことが必要です。
 ②の場合には、Xらを採用したA・Bの店主がYの商業使用人と評価されるほど密接な関係にあったことが必要です。そうすると、A・Bの店主が形式上A・Bを代表していても、A・Bの店主が実態はYの商業使用人だった、ということですからA・Bは実態として意味が無いことになり、①の場合と同様な状況にあることが必要です。
 ③の場合には、YとXらとの間に直接の契約が成立したと評価される関係、裏返すと、A・Bらは形式上契約当事者であっても、実態は存在しないのと同じということになりますから、①の場合と同様な状況にあることが必要です。
 このように、法律構成や証明すべき事実が異なるものの、YとA・Bの関係に限って言えば、A・Bの存在が否定されるような状況が必要である、という点で共通します。
 実際、裁判所は、この3つについて、対象自体は異なるものの、Yによる「指揮命令」の有無を決め手として、いずれも否定しています。①の場合には、A・Bに対する指揮命令がない(取引先としての立場を超えていない)こと、特に、Xらに対する人事的な指揮命令がないこと、②の場合には、A・Bの店主に対する人事権や指揮命令がなく、A・Bの店主は諾否の自由などを有していたこと、③の場合には、A・Bの人事権への介入やXらに対する指揮命令がないこと、を認定し、それぞれの適用を否定しています。さらに、その際に共通して重視されている事情はA・Bが独立した事業主体であり、A・B自身がXらを「指揮命令」していたと評価できる諸事情です。
 こうしてみると、①~③のいずれかが認められるためには、A・BがYから独立した存在であることが否定されるような実態が必要であり、その重要な判断要素は、YがA・B、A・Bの店主、Xらのいずれかに対する指揮命令が存在するかどうか、であり、特に③については、逆に言うとA・BらがXらを指揮命令していないかどうか、であることがわかります。

2.派遣法40条の6の1項
 派遣法40条の6の1項は、近時、議論が深まりつつあるルールです。同項は派遣業法を潜脱する場合(2号は無許可派遣、5号は脱法目的の脱法行為)に、従業員側がこれを求める場合、直接の雇用関係が発生する、というルールです。
 ここで何が問題を難しくしているかというと、このルールが、労働法の一般的なルールと異なる独特なものだからです。
 すなわち、労働法では多くの場合、実態に合致したルールが適用されます。例えば、働いているのに働いていないことにする「サービス残業」の場合、形式上は働いていないことになっていても、実際に働いていたのであれば、その時間の給与等を支払わなければなりません。また、権限もないのに形式上店長とされて管理監督者とされ、時間外手当などが支給されない「名ばかり店長」の場合、形式上は管理監督者であっても、実際は一般の従業員であれば、時間外手当等を支払わなければなりません。このような例は他にも沢山あり、このことから分かるように、労働法では多くの場合、実態に合致したルールが適用されるのです。
 けれども、派遣法40条の6の1項のルールは、これらの場合と異なります。
 すなわち、実態が派遣なのに、外形上そのようになっていないのであれば、実態に合致したルールとして派遣関係が成立する、ということになるはずですが、このルールは、派遣関係を通り越して、直接の雇用関係が成立することになるのです。前者の場合には、派遣先と派遣元と従業員の三者間契約になるのですが、後者の場合には派遣先を使用者とする事業者との間の二者間契約になり、実態が三者間契約であるのに、ルールが適用されると二者間契約になってしまい、実態に合致しないルールが適用されることになってしまうのです。
 そうすると、このルールが適用される場合を広く認めることが難しくなります。実態に合わない結論を認めることになるからです。ルールとして存在する以上、その適用を全て否定することはできないでしょうが、このルールが適用されるべき条件を厳しく評価するなどの対応は、あり得るところでしょう。
 実際、本事案で裁判所は、Yとの直接雇用関係になることの承諾の通知について、存在しない、という厳しい評価をしました。実際、XらはYに対し、組合を通して時間外手当の支払いを請求しています。同様に、派遣法40条の6の1項に関し、組合を通した権利主張だけでは、このルールで必要な受諾の通知と評価できない、とする最近の裁判例があります(「日本貨物検数協会(日興サービス)事件」名古屋高判R3.10.12労判1258.46)。権利主張している点で、従業員の姿勢に一貫した共通なものがありますから、これを承諾の通知と評価しても良さそうですが、本判決と同様、そのような緩やかな評価はしませんでした。「承諾」要件に関し、厳しく評価する裁判例が続いているのは、このルールの適用範囲を簡単に広げられない、という背景事情があるように思われます。

3.指揮命令
 ところで、ここで「指揮命令」という用語に関し、一見すると逆の判断がされているように見える部分があります。
 それは、上記1に関する場面での指揮命令(A・BとXらの間の指揮命令を認め、YとXらの間の指揮命令を否定している)と、上記2に関する場面での指揮命令(YとXらの間の指揮命令を認めている)点です。指揮命令は、労働関係の実態があるかどうかを判断する際の重要な判断枠組みの1つであり、多くの事案で問題となる重要なものですが、このように見ると、「指揮命令」の判断が一貫していないようにも見えるのです。
 けれども、これは派遣関係の特殊性から生ずるものです。
 すなわち、派遣関係は、派遣元と従業員の間に雇用契約が存在し、派遣先と従業員の間に具体的な指揮命令関係が存在します。そして、前者の雇用契約の成否に関しても指揮命令が問題とされますから、二種類の指揮命令が生じてしまうのです。つまり、派遣元と従業員の間の指揮命令は、一般的な雇用関係の成否や就業規則による一般的な雇用条件の決定等、従業員を送り出す派遣元の会社が従業員をサポートする限りでの指揮命令であり、従業員が実際に業務を行う場面にまでは及びません。実際に業務を行うのは派遣先になるからです。
 他方、派遣先は従業員の実際の雇用条件について介入しませんから、その点についての指揮命令はしませんが、実際の業務については指揮命令します。
 このように、2種類の指揮命令が問題になることは、この判決の判断内容からも明らかです。
 すなわち、派遣元であるA・BのXらに対する指揮命令については、採用や就業規則などの一般的なものについて検討しており、他方、YのXらに対する指揮命令は、特に上記1①については、A・BのXらに対する一般的な指揮命令と同様の指揮命令を問題にしているのに対し、上記2については、特に葬祭業務に関し、Yが直接Xらに指示を与え、A・Bが全く関与していない状況を詳細に認定し、指揮命令を認めています。
 このように、派遣法40条の6の1項が適用される場面では、2種類の「指揮命令」が問題になる場合があります。今後は、これらの内容や違いも議論され、整理されていく必要があります。

4.実務上のポイント
 これまでも、労働者と認定されないような方法で他人を活用しようとするビジネスモデル(人件費の削減などが目的の場合が多いようです)が考案・実施され、労働者性が争われてきました。しかし裁判上、直接指揮命令していること、などが大きな理由となり、そのいくつかについては労働者性が認められています。本事例で言えば、YがXらを指揮命令していた、と認定されるかどうかが問題にされてきたのです(上記1)。
 けれども今後は、これに加えて上記2のような、派遣の実態があるのに派遣を潜脱したのかどうか、という観点からも、労働者性が問題になります。本事案では、派遣の脱法として直接雇用が生じるべき状況だったのに、Xらが「承諾」要件を満たさなかったために直接雇用が発生しませんでした。しかし、今後は従業員側も派遣法40条の6の1項も視野に入れた対応をしてくるケースが増えるでしょう。
 すなわち、労働者と認定されないようなビジネスモデルを構築する場合には、直接雇用を疑わせるような指揮命令が無いことだけでなく、派遣の脱法を疑わせるような指揮命令も無いことが重要となってきます。ビジネスモデルの構築に、より慎重さが求められるようになるのです。
 また、指揮命令については、もう1つ重要なポイントがあります。
 それは、指揮命令の要素となるべき強制の契機がどれだけ積みあがるか、によって指揮命令の有無が判断される(絶対評価)のではなく、事業の取引先として負うべき債務や負担と比較して、取引に基づく拘束を超えるかどうか、によって指揮命令の有無が判断される(相対評価)点です。絶対評価になると、事業の取引先に対し、少なからず強制の契機(債務としてこれをやり遂げろ、という請求権や、進捗状況を報告しろ、という要求など)がありますから、極端なことを言えば、事業の取引先が個人の場合には、全て労働者と認定される可能性すら生じてしまいます。
 これに対して本判決は、例えば上記③の中で、事業の取引先としての負担を超えるかどうか、という判断の視点を明確に示しており、相対評価すべきことが明らかとされています。
 労働者性に関する重要な要素である指揮命令に関し、絶対評価を前提にする主張や論述を見る場合がありますが、そのような判断方法の根本的な問題点を理解しておくことが重要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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