労働判例を読む#288

【ドリームスタイラー事件】(東地判R2.3.23労判1239.63)
(2021/8/25初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、他社の社内食堂業務を行っていた会社Yで、ホールスタッフの正社員として働いていたXが、妊娠を機に勤務時間などの変更をYと話し合っていたところ、上司であるYの店長がXに対して、月220時間働けないなら勤務場所や勤務時間が比較的自由な契約社員やアルバイトへの変更も可能であると伝えたことを、Xは月220時間働けないなら正社員としての雇用を継続できない趣旨と受け止め、退職した事案です。Xは、Xの退職は解雇に該当し、かつ解雇の合理性がないから解雇が無効であると主張するとともに、実際は働いていたのに給与が支払われていない部分があるとして未払給与の支払いを求めました。
 裁判所は、自主的な退職として有効と判断しましたが、未払給与の支払いについては請求の一部を認めました。

1.退職か解雇か
 Xは、Yの対応について、妊婦としての権利主張に対して「これを一顧だにせず、月220時間の勤務を強要し、同勤務ができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を告げた」、これは労基法65条3項に該当する違法な対応であるとともに、体調の良くないXに継続勤務を断念させるもので実質的に解雇と同じだ、とかなり厳しく責任追及しています。
 ところが裁判所は、上司であるYの店長や役員が、Xの妊娠判明後にXの体調を気遣い、通院や体調不良による遅刻・早退・欠勤をすべて承認し、(Xの希望する勤務時間に直ちに応じられなかったものの)業務量・勤務時間の負担を相当軽減する勤務を提案していた、という経緯ややり取りを詳細に認定しました。そのうえで、労基法65条3項に該当する違法な対応はなく、月220時間働けないと正社員としての雇用を継続できないという説明はしていない、より柔軟な勤務形態を提案したにすぎない、と認定し、解雇無効ではなく自主的な退職として有効、と評価しました。
 結果的に、Yが良かれと思って示した配慮をXが曲げて受け止めていた、というコミュニケーションのギャップが浮き彫りになったのです。

2.労働時間
 労働時間に関し、特に問題になったのが、昼休みの時間の長さと、朝番のときの開店準備作業の時間です。労働時間は、約束した時間やシフトとして設定されている時間のような形式的な時間ではなく、実際に会社から指揮命令を受けて働いていた実際の時間を計算します。
 このうち、開店準備作業の時間については、一方で、開店の7時より10分か15分前で十分、とするYの主張について、実際に開店準備を1人でやることもあり、その場合には再現実験でも30分程度かかった、などとして否定しました。
 しかし他方で、6時頃から出社していたので6時から労働時間だった、とするXの主張については、従前、あるいはXの後任の担当者が6時半から勤務していたこと等を根拠に、6時半から労働時間であるとして、否定しました。
 結局、両者の主張の中間の6時半から労働時間が開始すると認定されました。6時半前から作業をしていることがあっても、それはYの黙示の指示に基づくものではない、と評価されたのです。
 次に昼休みについても、XY双方の主張の一部だけが認められました。
 すなわち、Yは30分の昼食のほか、合計で1時間の休憩が取れていたと主張しました。Xは30分の昼食だけであり、それも予約の相談などが来たときは正社員しか対応できず、30分の休憩も削られてしまっていた、と主張しました。しかし、裁判所はいずれも否定し、30分の昼休みがあった、と認定しました。
 このように、労働時間の認定については、例えば刑事事件で求められるような厳格な立証が求められるのではなく、合理的と思われる時間として比較的柔軟に認定される点に特徴があります。
 また、特に朝の準備時間ですが、早目に出社してゆっくりと準備をすることがあっても、会社から指示されたか、それと同視できる程度の必要性がある場合(黙示の指示が認められる場合)でなければ、労働時間に該当しないという判断枠組みも示されました。この点は、特に始業時間よりも早く出社する習慣のある従業員について、労働時間の計算の開始時間の問題として議論されることが多い問題です。いわゆる「早出残業」と称される問題ですが、ゆったりと仕事を開始するための準備をしている限りでは労働時間ではない、とする裁判例を多く見かけます。多くの労働契約で、従業員の働く「債務」、すなわち労務提供は持参債務であり、労務提供できる準備の段階は債務の履行ではなく、したがって労働時間ではない、という法律的な原則論も、早出残業を労働時間と認定しない裁判所の判断の背景にあるように思われます。

3.付加金
 アメリカの懲罰的慰謝料を参考に、裁判所が付加金の支払いを命じることができます(労基法114条)。これは、労基法に基づいて支払うべき金銭(割増賃金など)に限定されていますが、これを会社が支払わなかった場合に、労働者の請求により、未払金と同額を上限に付加金の支払いを命じることができるというものです。
 この付加金制度には技術的な条件が設けられており、例えば割増賃金などの未払いが裁判で確認される必要があります。したがって、民事訴訟の既判力の基準時点となる口頭弁論終結時に未払いが存在することが必要とされてきました(最二小S35.3.11等)。このことから、口頭弁論終結前に割増賃金などを支払うことで未払状態を解消すれば、付加金の支払いを命じられないが、他方、口頭弁論終結後に割増賃金などを支払うことで未払状態を解消したとしても、付加金の支払命令は取り消されません。
 本判決も、口頭弁論終結時に残されていた割増賃金などについて、Yの悪質性(就業規則を作っていない、Xに長時間労働を強いてきた)を根拠に付加金の支払いが命じられました。

4.実務上のポイント
 Yは規模が小さい会社で、所定の労働時間を超えて勤務させる場合に必要な就業規則の規定が存在しないなど、適法経営のために必要な最低限のルールすら定めていませんでした。
 他方、良く言えば柔軟な組織でした。従業員の要望や意見にも耳を傾けていた様子がうかがわれます。従業員の要望や意見を聞き、柔軟に対応することで、この違法な状態でもトラブルを生じさせずに凌いでこれたのかもしれません。
 けれども、このような従業員とのコミュニケーションや柔軟な対応だけでは、違法な状態にあることのリスクを回避することができませんでした。就業規則の制定など、適法経営のために必要な体制は、安定した経営のために不可欠なのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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