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労働判例を読む#419

【川崎市・市人事委員会(是正措置要求)事件】
(横浜地判R3.9.27労判1266.85)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、給与負担者が県から市Y1に移行した職員Xらが、移行した際の給与テーブルの違いによって不利益を受けたとして、Y1の人事委員会Y2にその是正措置を求めたのに、何の措置も取られずに棄却されたことから、この棄却の決定の取り消しを求めた事案です。
 裁判所は、Xらの請求を認め、Y2の決定を取り消しました。

1.是正措置の取消訴訟と事案の概要
 ここで問題となった是正措置の請求制度は、地方公務員への労働組合法の適用が排除された代償として設けられた制度です。すなわち、職員の勤務条件について、人事委員会の判定を求められることにしたのが是正措置の制度ですが、これについて、人事委員会の棄却の決定が不適法、又は裁量の範囲を超えている場合には、職員の権利を否定することになるため、取消されるのです(「静岡人事委員会事件」最三小判S36.3.28民集15.3.595)。
 本事案では、県からY1に移行する際に、給与の金額が下がらないように配慮されましたが、給与テーブル上の位置付けについてはあまり配慮がされませんでした。しかし、県の給与テーブルの方が、級や号の違いによる差が小さく、そのため例えば同じ2級でも号の高い職員の方が、号の低い職員よりも、移行後の号の設定に関し割を食うことになってしまいました。少し分かりにくいのですが、給与の金額を下げないように調整することから、号の低い職員は以降の際に号が上がることになり、Y1の職員としての給与テーブル上、より高いところからスタートできることになります。逆に言うと、号の高い職員は号がそれほど上がらず、昇給昇格などに関し出遅れてしまうのです。
 この是正の検討を人事委員会に求めたのですが、人事委員会は、給与テーブルを決定するのは人事委員会ではない、級・号は、Y1の給与条例に基づき適正に決定されている、として棄却しました。

2.裁判所の判断
 裁判所は、多岐にわたる論点について丁寧に論証していることから、理解するのが難しい内容となっていますが、ポイントは2つです。
 1つ目のポイントは、人事委員会の決定の理由のうちの、決定権限がない、とする門前払いのような理由に対する裁判所の判断です。
 裁判所は、給与テーブルを条例として議会が決定するにしても、それに問題がある場合には是正すべき議案を市長が提案できるのだから、人事委員会にその検討を促すことに意味がある、という趣旨で、人事委員会を相手とする是正措置の請求も可能であるとしています。たしかに、職員の勤務条件の基本的な部分は条例などで定められているでしょうから、その是正を請求できないことになると、勤務条件の判定を求める対象が極めて限定されてしまいますので、人事委員会の理由は是正措置の制度の存在意義を疑わせることになりかねません。
 2つ目のポイントは、級・号での不均衡が現実に存在していることを認め、Xらがその合理性を適切に判定してもらう機会が与えられるべきである、という判断をした点です。ここで裁判所は、違法かどうかについての判断をしていません。是正措置の請求制度は、団体交渉の代わりになるものと位置付けられていますから、違法な場合に限って認められるのではなく、団体交渉と同様、不適切な雇用条件をよりよくする場合も含まれる、ということでしょう。

3.実務上のポイント
 労働組合との団体交渉の場面に置き換えてみると、人事制度を変更した際に、給与テーブル変更の影響を考慮せず、金額だけを合わせたことに対し、給与テーブル変更の影響も考慮した制度にすべきである、という団体交渉を拒否した、という状況に該当するでしょう。
 そうすると本判決は、交渉拒絶の合理性がないので不当労働行為に該当するという評価と、同様の判断をしたと見ることができそうです。
 すなわち、違法かどうかではなく、より良い制度にできないか、という議論として、誠実に交渉(本事案では交渉ではなく検討)すべき義務がある、という評価があり得る、という点が、今後の団体交渉の際の参考になります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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