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労働判例を読む#482

※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【日本通運事件】(東京高判R4.11.1労判1281.5)

 この事案は、5年10か月・7回契約更新してきた有期契約社員Xが、会社Yによる更新拒絶を無効と主張した事案で、1審2審いずれも、Xの請求を否定しました。無期転換に関する労契法18条が導入後間もないため適用されない事案です。

1.判断構造
 1審では、大きく2つの問題を検討していますが、2審は、そのうちの1つの問題について言及していません(下記①)。
① 自由な意思
 1審は、「更新しない」という文言の入った契約にサインしたことが、合意するかしないか、という二者択一であることなどから、「自由な意思」に基づくものではない。したがって、「自由な意思」に基づかない、このサインによって更新拒絶できなくなるわけではない。と、判断しました。
 これに対して2審はこの部分について言及していません。
② 労契法19条
 しかし、Xの雇われた担当業務が無くなる可能性があり、それが無くなれば更新がない、ということを当初から説明されていたことなどから、労契法19条の1号2号の規定する「更新の期待」が存在しない。
 したがって、更新拒絶が可能である。

2.1審と2審の比較
 1審が示した判断構造は、更新しないという「自由な意思」はない(合意がない)のに、「更新の期待」もない、というものです。あえて強調すれば、①自分の意思で更新できなくなったのではないが、②他人から更新しないと聞かされていた事態が現実になったのだから更新できなくなった、ということになります。つまり、①X自身の意思よりも、②聞かされていたことや状況の方が、更新できないという結論にとって決定的だった、ということです。
 しかし、「自由な意思」が無いので当初のルールが生きているのに、更新の期待がない、という説明は少し苦しいようにも思われます。2審が、「自由な意思」について言及していないのは、両者の関係を上手く整理できないと考えたからでしょうか。

3.実務上のポイント
 有期契約の更新が5年を超えて繰り返されれば、無期転換されます(本事案では適用されませんが)。それほど、「更新の期待」が高い状況にあり、実際、5年を超えた場合に「更新の期待」を認めた裁判例が多く見受けられるにもかかわらず、1審2審いずれも、この「更新の期待」を否定しました。
 しかも、この「更新の期待」が否定される理由が、更新しないと記載された書面へのサインではなく、繰り返し説明されていた状況、すなわち仕事が無くなるかもしれない、そうなればこの仕事も終わりである、という条件と、実際にそのような状況になってしまった、という現状です。
 本事案のように、いずれ終了することが予想される仕事のために時限的に雇う従業員(有期契約者)に、実際に仕事が無くなった時点で円満に退職してもらうためには、②のような配慮が重要(いずれこの仕事は無くなる、無くなったら終わりだ、ということを繰り返し説明する)ですが、否定されたとはいえ、①本人の意思確認もしっかりとしておくべきです。
 一般的な感覚からすると、①本人の意思の方が重要なようにも思われますので、①と②の関係はまだ十分整理されていないように見えます。今後、この①と②の理論構成の関係や条件が整理されていくかどうか、注目すべきポイントです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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