労働判例を読む#70

【KDDI事件】東地判H30.5.30労判1192.40
(2019.6.13初掲載)

この事案は、住宅手当、単身赴任手当等を不正受給した従業員を、会社が懲戒解雇した事案です。裁判所は、懲戒解雇を有効とし、不正取得した手当の返還請求を認めつつ、他方、会社に対して退職金の一部の支払いを命じました。

1.懲戒解雇と手当の返還請求
両者に共通するポイントは、不正受給の違法性です。
すなわち、社内ルールに違反した、しかも相当重大な違反でなければ懲戒解雇は有効とならず、それは本来受給できない諸手当を受給した、ということになり、これが同時に、諸手当の返還請求の根拠になる(不正受給)からです。
この点、従業員は、諸手当の申請に関し、会社の定める支給条件を満たしていないものの、上司の承認を得た、等と主張しましたが、そのような合意がない、と認定されました。諸手当の申請は社内LAN上の電子的な手続きとされており、人事担当者や経営者の恣意的な介入が認めにくい状況で、従業員の主張の変遷も見られるところから、従業員の主張が認められるのは難しい事案です。
裁判所は、従業員の行動のいくつかについて刑事罰の対象となり得るほど悪質である、とわざわざ認定したうえで、懲戒処分を有効と評価し、手当の返還請求も認めています。

2.退職金の一部支払命令
他方、懲戒解雇の場合には退職金を支払わないと定められているにもかかわらず、裁判所は、その一部(4割)について、会社に支払いを命じました。
このような結論は、この裁判例が初めてなのではなく、労働判例の解説にもあるとおり、日本郵便(酒気帯び運転・懲戒解雇)事件(3割の支払い、東高判平25.7.18判時2196.129)など、先例がある結論です。この機会に確認しておきましょう。
まず、一部支払いの理論です。
それは、退職金に「賃金の後払い的性格及び功労報償的性格」があること、したがって、「長年の勤続の功を減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られる」、というものです。
具体的には、2つの事実が重要となります。本事案について、見てみましょう。
1つ目は、退職金(特に問題になった一時金)の性格です。
この事案では、その計算式を検討しています。すなわち、退職年金制度に加入していた従業員が対象であること、退職金算定基礎給に支給率の1/2を乗じて計算すること、それは、平成15年3月31日現在の数値に基づくこと、を理由に、前身のKDD時代の賃金に対する「後払い的性格及び功労報償的性格」があるとしています。
合併による組織改編時に、それまでの退職金を清算したのでしょうか、詳細は不明ですが、同日までの給与への追加支払い、という位置付けと評価されたのです。
2つ目は、背信性の程度です。
この事案では、従業員の背信行為が3年間に亘ること、信頼関係を破壊する程度であること、400万円を超える損害を生じさせたこと、を指摘しつつ、KDD時代の功績を完全に減殺するものではない、として、4割の支払いを命じました。
この点も、当該退職金がKDD時代の給与に対する追加支払いである点が、構造的に、大きな影響を与えています。

3.実務上のポイント
程度の問題として見た場合、400万円程度の損害で懲戒解雇という結論を、厳しいと感じる人がいるかもしれません。
しかし、信頼して任されている者の背信行為を考えた場合、懲戒解雇だけでなく、損害賠償や退職金カットが認められたのは、むしろ当然、と感じる人もいるでしょう。
ところで、「信頼して任せる」という場合に特に問題になるのは、信頼する=監視しない、ということになりかねず、会社側の怠慢が問われかねない点です。すなわち、会社としてはやるだけのことをやっており、従業員が裏切ったことは、全て従業員の悪意の問題であり、会社に落度はない、というレベルでの対応は、意外と考えにくいと思われます。結果的に、従業員による不正行為が発生した以上、その責任の一部は会社にもある、というのは容易だからです。
けれども、この事案では、不正が行われた時期が最近であり、旧会社時代の退職金の減額は一部だけとしているものの、諸手当の不正請求については、会社の管理上の責任を特に問題にしている様子がありません。この理由は明確でありませんが、①人事部担当者など、人を介した手続でなく、社内システム上の手続きであって、何か特別なことを言われたなど、特別対応の余地がなく、この従業員もルールを十分検討したうえで手続していたこと、②この従業員が、業務上も評価が低く、トラブルも多かったこと、の2つが大きな要因のように思われます。
すなわち、①人間が対応していれば、ミスしたり、例外的な配慮をしたりする可能性もあり得るが、機械が対応していれば、そのような可能性は無いこと、②標準的な従業員の不正に対しては、そのような事態を想定すべきだったと評価されるけれども、会社は特殊な従業員まで想定しなくても止むを得ないと評価しうること、と説明できそうです。
普通に考えれば、従業員に裏切られた、と評価されるレベルまで会社が十分対応していた、という状況は、なかなか難しいように思われますが、この事案は、そのような対応ができていた事案という位置付けが可能です。
けれども、この事案は控訴されたようです。懲戒解雇や、さらに損害賠償、退職金不払いなど、従業員の言動の悪質性が問題になる事案は、突き詰めると、会社側の管理責任と、従業員側の言動の悪質性の総合評価の問題に帰着しますが、会社側の管理責任が問題にされなかった点が、控訴審でどのように評価されるのか、という点を注目しています。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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