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松下幸之助と『経営の技法』#174

8/7 意志決定を任せる

~意志決定を任せていくことで、迅速かつ的確に情勢の変化に対処しやすくなる。~

 今日のように変化が激しい時代に、激しい競争の中で仕事をしていくには、意志の即断即決ということが非常に大事だと思う。
 ところが、そうなってくると、1人の人間が何もかも決定するというのでは、間に合わなくなってくる。ごく小さなところならともかく、何千人、何万人というような会社で、いちいち社長が意志決定していたのでは、いかに1つひとつの問題について即決してみても、全体としては決定が遅れて、事がスムーズに運ばないようになってしまうだろう。
 だから、意志決定そのものをどんどん部下に任せていくことが大切になってくる。「大事な問題だけは僕に相談してくれ。あとは基本の方針に基づいて、君が判断して決定してくれ」というようにするわけである。そうすれば、それだけ意志決定が速くなる。さらに、その任された部長なら部長が、課長に任せていく、課長は主任に任せていく、主任は社員に任せていく、というようになっていけば、会社全体としての意志決定は非常にスムーズに進み、いろいろな情勢の変化にも迅速、的確に対処しやすくもなってくると思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでは、権限移譲の根拠を、意志決定のスピードアップに求めています。
 けれども、他の事情も根拠になります。
 それは、経営モデルです。松下幸之助氏は、従業員の自主性や多様性を重視し、権限をどんどん委譲する経営モデルを、一貫して推奨しています。従業員の能力やロイヤリティーを高めるだけでなく、経営者のキャパシティーを超えた事業活動が可能になるからです。
 このように、従業員への権限委譲を進めることは、経営戦略的に有効な選択肢なのです。
 しかし、何もかも従業員に任せてよいものではありません。
 松下幸之助氏自身も、6/19の#125で、「事が決まっていても、会議に付して衆議をまとめねばならない場合」があると説いています。これは、組織の一体性を確保すること等の経営上の理由のほか、適切なリスク管理の観点からも、必要なことです。
 すなわち、デュープロセスの要請(十分な情報で十分検討した)を満たすことで、経営の意志決定に関するリスクがコントロールされ、チャレンジできる範囲が広がります。重大な意志決定の場合には、それに見合った慎重なプロセスを踏むことで、結果的に失敗した場合でも責任追及されるリスクを減らすことが期待できるのです(リスクコントロール機能)。
 逆にいうと、現場に権限移譲できる範囲は、デュープロセスの要請が低い案件です。リスクの程度や事案の重大さを見極め、権限移譲する範囲を適切に見極めることで、どの階層の従業員や管理職に、どのような案件の権限移譲をするのか、が決まっていきます。
 そのような意志決定に関する制度設計を適切に行うことが、経営者の経営組織上の腕の見せ所でもあるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営の質とスピードを両立させる能力が、経営者の資質として求められることがわかります。
 さらに、リスクコントロール機能の観点から、適切な組織設計し、運用させることも重要です。
 このうちのどれかだけ達成すればよいのではなく、バランスを取ることが重要なので、バランス感覚を持った人でなければ、経営者として選任すべきではないのです。

3.おわりに
 大きな企業では、既に従業員の階層に応じた決裁権限が、権限規定等で精緻に定められている場合が多く、ここで松下幸之助氏が説いていることは、既に形になっています。
 問題は、そのような「組織」自体が目的化してしまい、柔軟性を失いかねない点です。ここでは、制度設計の背後にある要素を整理しました。このような要素を考慮して、ときには柔軟に対応すべき場合もあるはずです。
 決裁権限の制度などを使いこなすため、その背景事情も理解しましょう。

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。



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