労働判例を読む#315

今日の労働判例
【国・陸上自衛隊第11旅団長(懲戒免職等)事件】(札地判R2.11.16労判1244.40)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、自衛隊Yの自動車教習所の教官だった隊員Xが、同僚の隊員2名から合計約6万4千円を騙し取ったとして懲戒免職された事案です。裁判所は、懲戒免職を無効と評価しました。

1.懲戒免職の有効性
 この事案は、背景事情が少し特殊です。
 すなわち、自衛隊の自動車教習所は、自衛隊員として必要な運転技能の取得の場合には当然公費で(隊員から見ると無料で)講習・訓練を受けることができますが、例えば自衛隊を辞めた後に自動車教習所の教官になるための資格を取る、等の私的な理由での運転技能の取得の場合には、私費で講習・訓練を受けることになります。私費とはいえ、隊員の退任後の生活のサポートをしている、とみることも可能です。
 問題は、地上波放送が終わり、番組を見れなくなった教習所のテレビを買い替える必要が生じたことです。教習所に置かれたいくつかのテレビを買い替えるにしても、公費が出ないことから、Xは上司と相談して、私費で受講する予定だった同僚隊員2名について、本人たちには私費での受講として受講料を請求しつつ、自衛隊内部ではこれを公的な講習として公費を請求し、同僚隊員2名の支払った受講料でテレビを購入しました。
 裁判所は、同僚2名に対する請求が詐欺罪に該当する、と認定しました。本来、私費で受講すべきであったことを考えれば、自衛隊Yに対する詐欺罪と評価すべきかもしれませんが、ここではこの点を問題にしません。
 問題は、この犯罪行為を理由とする懲戒免職が合理的であるか、という点です。
 まず、判断枠組みです。
 裁判所は、懲戒処分が「社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法である」としています。社会通念、裁量権の範囲の逸脱、濫用、というキーワードが示されていますが、いずれも抽象的な概念であり、これだけでは具体的に何を理由に判断するのか分かりません。そこで裁判所は、自衛隊内のルールを参考にします。すなわち、自衛隊内では、「重大な場合」に限って免職とされていることから、本事案が「重大な場合」に該当するかどうかを検討します。すなわち、「武力行使といった強力な権限を適切に行使する必要がある自衛隊においては、組織の規律保持が特に強く求められ、その保持のためにも金銭に関する違反については厳しい処分を行う必要がある」点を考慮して、「重大な場合」かどうかを判断しています。
 そこで、事実認定です。裁判所が、懲戒免職を違法とする理由として挙げた事実は、以下の事実です。
① 教習所のテレビを買う目的であり、私腹を肥やす目的ではない(懲戒免職を有効とした過去の裁判例はこの点で参考にならない)。
② 上司と相談しており、隠蔽しようとしていない。
③ 同僚2名の損害額が小さく、期待した講習も行われた。
④ Xの職務遂行に何の悪影響もない。
⑤ Xは自衛隊を代表するような幹部自衛官ではなく、社会的影響も小さい。
 これらの事情から、「重大な場合」に該当しない、したがって自衛隊が自ら定めたルールからみてもこの判断は適切でなかった、と評価しました。
 会社の人事権の行使(解雇も含む)の合理性に関し、事案に応じて裁判所は柔軟に判断枠組みを設定しますが、私は、一般的に大きく外れないであろう判断枠組みとして、天秤の図をイメージすると良い、と繰り返し説明しています。天秤の一方の皿に従業員側の事情、他方の皿に会社側の事情、天秤の支点にその他の事情(特にプロセスの合理性)を置き、この3種の事情で整理すると、論点がかなり整理されます。この事案も、①②が従業員側の事情、③④⑤が自衛隊側の事情、と見ることができますので、この天秤の図による整理も、あながち外れていないことが分かります。

2.実務上のポイント
 天秤の図モデルの支点に相当するその他の事情(特にプロセスの合理性)について、裁判所は、「手続的適法性」として詳細に検討しています。
 ここで特に注目されるのは、Xが弁明の機会を自ら放棄する「審理辞退届」です。プロセスで特に問題になるのは、本人の弁明の機会ですから、これをXが放棄している以上、プロセスの合理性が存在した(Yにとって有利な事情)と評価されるべきように見えます。
 けれども裁判所は、この「審理辞退届」の効力を否定しました。
 それは、この手続きの趣旨です。自衛隊員が審理の意義を理解して書類を出すために、必要な資料の添付や十分な期間を与えることになっているのに、それらが不十分であれば、本来の趣旨に反してしまう、実際に、このような趣旨が満たされる内容と期間が無かった、というものです。ルールの意味が明確でない場合に、その趣旨からルールの内容を確定することは、法解釈の基本ですが、プロセスの合理性について裁判所は、その基本のとおりに解釈したのです。
 プロセスが重視される最近の傾向が、ここでも示されました。審理不要、とする書類を取り付ければ済むわけではない、ちゃんと理解していたかどうかが問題である、という判断は、他の事案でも採用される可能性がある、と考えるべきでしょう。近時、従業員にとって不利な判断を求める場合、従業員の単なる同意ではなく「自由な意思」に基づく同意を要求する裁判例が増えていますが、そのような判断枠組みとも問題意識が一致するからです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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