黄金の川

黄金の川がある。
その川の水の色は、麦よりも黄金色をしていて、薔薇の匂いがする。
蜂蜜のように甘く、飲むと心の憂いが微塵も無くなり、水に入ると、体の傷がたちまち癒える。
その川には、自然な流れがあり、漕がなくても下流へと運ばれる。
岸辺には、金でできた葉に、螺鈿と真珠の輝きを持つ蓮の葉が生えている。
そこへ、船ではなく、浮いた絨毯に乗った、白い服の青年が流されてきた。
絨毯は、虹から賜ったように色とりどりの模様があり、房飾りも天馬の尻尾のように見事だった。
青年は、砂漠の王子にも、僧侶にも見える白い着物を着ていた。
青年は、周りの景色を楽しみながら、不思議な絨毯で、舟遊びの真似事を楽しんでいた。
「もし、そこのお方。ぼくを乗せていってください」
青年に声をかけたのは、金の蓮の葉の上にいた、一匹の蛙だった。
「ぼくは、もっと下流に愛する人を残してきてしまいました。どうかその絨毯の隅の方ででもいいですから、乗せていって下さいませんでしょうか」
「いいとも、さあどこにでも好きなところへ座りなさい」
青年は、快く蛙を乗せた。
「それにしても、何故君はこんな所にいたんだい?もっともこの川には流れがあるじゃないか、どうやってここまで来たんだい」
蛙は、小さい声で答えた。
「ぼくは、愛する人と一緒にいたのですけれど、もっと上流には何があるんだろう、と思って、蓮の葉の上を飛びながら、ここまでやってきたんです。」
「へぇ、そりゃ凄い」
二人は、そんな益体も無い話をして、いい匂いの中をとろとろ流されて行った。
途中に、なにやら話し込んでいる様子の、鹿と一角獣がいた。
「やぁ、こんにちは。何をしてるの?」
青年の声で振り向いた二匹は、同時に返事をした。
「互いの角を交換していたところなのです」
「へぇ、変わった事を考えるもんだねぇ」
青年は、なぜだか感心してしまった。
「ですが、それをして何かいい事があるのですか?私には、互いに邪魔になってしまうと思うのですが」
蛙は、申し訳なさそうに聞いた。
「互いの角を交換して、その角の良いところを見つけようと決めたのです。」
優しい声で、鹿が答えた。
「邪魔になる、との心配は有難いのだが、ならば、その邪魔になった時に、また相手に返せばいいと思うのだがね。」
勇ましい声で、そう答えたのは、一角獣。
「そうだとも、蛙くん。お互いにお互いが、納得し合って決めたことなら、外野の僕達は黙っていようじゃないか」
「それも、そうですね」
青年の声に、蛙も納得した。
鹿と一角獣から、別れてしばらく行くとなにやら蓮の葉の上で、飛び跳ねているものが見えた。
「あぁっ僕の愛する人!」
蛙は、絨毯から、勢いよく黄金色の川に飛びだし、一目散に、飛び跳ねているものの所へ向かった。
川の流れと、蛙の泳ぎの力が加わって、ひとつの矢が風を乗せるように、波紋を広げながら、蛙は目当てのところにたどり着いたようだ。
「ああ!私の愛する人!やっと来てくれたのね!」
「ごめんよ、僕が上流に行ってる間君を一人にして。やっぱり、僕にはこの地球上のどこでも、君の隣以上に素晴らしい所はないよ」
「そんなこと、もうどうでも良いのよ。さあ早く式を上げましょう!私、蜘蛛が編んでくれた雨粒のビーズが入ったベールを被るのよ!」
「そりゃ、素晴らしい!僕も、二枚貝の蝶ネクタイを付けなきゃならん!」
青年の耳に、少し騒がしいけれど、幸せそうな声が聞こえた。

「あぁ、今日はいい日だなぁ。」
一人に戻った青年は、絨毯の上でそう呟いた。
「それにしても、僕はどうしてずっとこの黄金の川で流されているんだろう」
青年の声を返してくれるものはいない。

「まぁいいか、何もしなくても、満ち足りた気持ちだもの」
青年のその声は、川の中を深く泳いでいた、魚の虚の穴のような、耳の中にしか、入らなかった。

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