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アップルタルトタタンの魔法

ある日、男の子が夕暮れ時の道を歩いていると、なにやら不思議なものがものが降ってきました。
それは、真っ赤になった木の葉っぱで、初めて見た男の子は「たいへんたいへん!夕暮れ空の欠片が落ちてきちゃった!」と思いました。
見上げると、空からどんどん赤い葉っぱや、黄色いもの、オレンジ色の葉っぱまで落ちてくるではありませんか。
「どうしよう、このままじゃ空が割れて粉々になっちゃう!」
男の子は、家まで一目散に走り出していきました。
息を切らせた男の子を見た、エプロンを付けたお母さんは、「まぁ一体どうしたの?」と驚いた様子で聞きました。
「お母さん、大変だよ!このままじゃ空が落ちてきちゃうんだ!」
男の子は、お母さんに説明する暇もなく、庭にある大きな空のじゃがいも袋を担いで行きました。
お母さんは、今度もまた変な遊びを始めたのかしらら、と特に気にもせずやりかけのお料理に戻りました。
「よし、僕が来たからにはもう安心だぞ」
そう言いながら男の子は、落ちている赤い葉っぱやオレンジ色の葉っぱを、かき集めてじゃがいも袋に入れていきました。
ほんの少しの間に、じゃがいも袋は、お母さんが綿をつめすぎたクッションのように、パンパンになりました。
「う〜ん、でも集めただけじゃなんともならない。空まで届かせてあげないと」
男の子は、空がこれだけ割れて、可哀想だと思っていました。
もしかしたら、大人達には聞こえないだけで、怪我をして泣いているかもしれません。
「早くこの欠片たちをなんとかしないと、でもどうすればいいんだろう?」
そこに雌牛が通りかかりました。
「モー、まぁなんておいしそうな落ち葉でしょう、それをくれたら赤ちゃんに、もっと美味しいミルクがあげられるわ」
「これは、空の欠片だよ」
男の子の勘違いに、雌牛は首に下げたカウベルを鳴らしながら笑いだしました。
「坊ちゃん、それは空の欠片なんかじゃありませんよ、それは落ち葉といって、もう今年の役目を終え木の葉っぱを、冬ごもりする虫たちの餌にしてやろうと、妖精たちが落としてくれるものなんですよ」
「こんなにいろんな赤や黄色があって綺麗なのに、虫の餌になってしまうのかい?」
「モー、それでいいんですよ。虫たちは落ち葉を食べてそれをいい土に変えてくれるんです。その土のおかげで、私の食べる草や、坊ちゃんの食べる野菜や、綺麗な花が生えるんですから」
「へえぇ」
男の子は、雌牛が教えてくれた事をとてもありがたいな、と思いました。
「けれども、今は私もお腹がすいて、赤ちゃんにミルクもあげなくてはならないんです。それを私に下さいませんか?」
「もちろん!」
男の子は、このたくさんの落ち葉を自分が持っていてもしょうがないな、と思ったので、全て雌牛にやる事にしました。
「モー、ありがとう。お礼に赤ちゃんにミルクをあげる時に、少し分けてあげますわ」
男の子は、まだ小さい子牛が上手にミルクを飲むのをすごいな、と思って見守りました。
その後で、雌牛に瓶二つ分のミルクを貰い、二人ともお礼をいって、暖かい気持ちで別れました。
男の子が二本の瓶に入ったミルクを持って、家に帰る道を歩いていると、
「カーッ、それ美味しそうなミルク、お前それオレサマに渡せ!」
空からとてもガラガラとした声がしました。
見ると、羽がボサボサのカラスが、りんごの枝に止まって騒いでいるのではありませんか。
「オレ腹減った!腹減った!一本のミルク!栄養満点!カーッ!」
こんなにぎゃあぎゃあ騒がれてはたまりません。
男の子は、仕方なくミルクをひとつカラスに分けてあげることにしました。
「ゴクゴクゴクゴクッ!」
カラスは、くちばしを瓶の中に突っ込むとすごい勢いでミルクを飲み干してしまいました。
余程お腹が空いていたんでしょう。
「カーッ!もう腹いっぱい!オレ助かった!代わりに、お前にこれやる!」
すると、カラスは林檎のあるところまで飛んでいきました。
「お前上手くとれ!じゃないとせっかくのお礼、台無し!」
カラスは、枝と林檎がくっついているところをつついて、林檎を落としました。
「わぁっ!」
男の子は、驚きながらも林檎を落とさずに、受け取りました。
「ナイスキャッチ!お前なかなかやる!」
そんなこんなで、男の子のミルクはひとつになり、林檎もひとつ貰いました。
男の子が来た道を意気揚々と歩いていると、小さな蟻が列を作ってどこかに向かっているのを見つけました。
「わぁ、一体どこまで続いているんだろう?」
男の子は、不思議とワクワクした気持ちになって、蟻の作った小さな道を辿っていきました。
「ありゃりゃ!」
蟻達が向かった先には、袋に小さい穴が空いた砂糖の袋が転がっていました。
きっと誰かが砂糖を袋ごと落としていってしまって、気づかないまま放っておかれたのでしょう。
男の子は、なんどかとても勿体ない気がしたので、蟻にこの袋を分けてくれないか頼んでみることにしました。
「やぁ、蟻さん達、もしかしてこの袋の中にある砂糖を、全部を持って行ってしまう気かい?」
「いえいえ、とてもこの量全部は私たちの巣穴に入りきらないでしょう。けれども、これは私たちがようやく見つけた甘いものなんです。それに冬ごもりのためになにか代わりに甘いものをいただけたら、その砂糖を全て差し上げますよ」
蟻はとても小さい声で喋ったので、男の子はようく耳をこらして聞いていました。
蟻達は、雌牛が話していたような落ち葉を食べられる虫ではないのでしょう。
男の子は、なにか代わりになるものはないかとズボンのポケットの中を探りました。
ズボンの中から、お気に入りのキャラメルが出てきました。
これはとても甘くて、軽いので蟻でも運べるかもしれません。
「蟻さん達、砂糖の代わりにこのキャラメルでもいいかな?」
「まぁ、とても美味しそうなキャラメル!私たちそっちの方がとても嬉しいですわ」
男の子の大きい(と言っても、蟻達から見てですが)手が地面にキャラメルを置くと、蟻達はまるでピラミッドを作った男の人たちのように、四角いキャラメルを数匹で担ぎ始めました。
男の子は、空になったキャラメルの箱をズボンのポケットにしまい。砂糖の袋を、穴の空いた部分を上にして、こぼさないよう気をつけて持ちました。
ひとつのミルクに、ひとつの林檎、砂糖の袋の大荷物を持った男の子は、ちょっとだけ疲れたなと思いながら、元来た道を帰りだしました。
しばらくすると、挽いた小麦粉を沢山袋に入れて運んでいるお爺さん山羊に出会いました。
お爺さん山羊は、重たい荷物に少しヨタヨタしながら、歩いていました。
「おう、お前さん重そうな荷物だな、ちょっと待ちなさい、良いものをやろう、その前にこの小麦袋を下ろしてくれんかな?」
男の子は、一体なんだろう?と思いたながらも、お爺さん山羊の背中に乗っている小麦粉袋を降ろしました。
お爺さん山羊が、地面に座ってくれたおかげで、大人でも大変な重さの小麦粉袋を、大変楽に降ろすことが出来ました。
体が軽くなったお爺さん山羊は、少し早歩きで、風車小屋まで戻っていきました。
男の子は、こんなに重い袋をもって長い道のりを歩いてきたお爺さん山羊を尊敬しました。
男の子は言われるまま、お爺さん山羊が来るまで待ちました。
しばらく立ってから、お爺さん山羊は、口に手提げ袋をもって来てくれました。
「こいつを使いなさい」
男の子は、ありがたく手提げ袋にいままでのお土産をしまいこみました。
「ふぅ、この年でこの量の荷物を運ぶのは、さすがに骨が折れるわい」
男の子は、最初重たすぎる荷物で、本当にお爺さん山羊の骨が折れてしまったのかと、びっくりしましたが、前に骨が折れるとは、とても大変な思いをしている、という意味だという事をお父さんが言っていたことを思い出しました。
「はぁ、とても甘い砂糖をひと舐めすれば、疲れも吹き飛ぶのだがのう」
男の子は、手提げ袋のお礼に、砂糖を少し分けてあげることにしました。
砂糖の袋を少し傾けて、穴が空いたところからお爺さん山羊が舐められる分だけ手の上に出し、お爺さん山羊の方へ、差し出しました。
「ほう、お前さん砂糖を持っていたのかい、なに?ワシにくれると?それでは有難く頂戴するかのう」
お爺さん山羊は舌を出して、男の子の手の上の砂糖をぺろぺろ舐めだしました。男の子はくすぐったいのを我慢して、変な顔になりました。
「ふう、ありがとさん、疲れもすっかりなくなったよ。お礼にこの小麦粉を少し分けてやろう」
男の子は、お礼のお礼なんて少し変な気分でしたが、それもありがたく貰うことにしました。
ひとつのミルクに、ひとつの林檎、砂糖に小麦粉を手提げ袋に入れた男の子は、さっきより荷物が増えているというのに、何故か身軽な気分でスキップしたくなりました。
男の子が手提げ袋をしっかり持って、しばらく歩いていると、しくしく泣いている雌鳥を見かけました。あまりの悲しみように、男の子は最初どうしたものか悩みましたが、放ってもおけないので思い切って声をかけました。
「やぁ雌鳥さん、そんなに泣いて一体全体どうしたのさ?」
男の子は、なるべく優しい声で聞きました。
「ううっ見てくださいこの禿げたところを!ココっ!」
そう言うと雌鳥は、自分の羽で人のうなじに当たるところを指さしました。
見ると、そこは意地悪な誰かに羽を毟られてしまったように、柔らかいピンクの地肌が見えていました。
「野良犬が、逃げる私を面白がって追いかけて、しまいには羽をぶちぶち抜き取って行ってしまったんです!ココっ!」
男の子は、あまりに酷い仕打ちをされた雌鳥を本当に気の毒に思いました。けれども、男の子は毛生え薬など持っていません。毛生え薬で鶏の羽が生えるかどうかも分かりません。
男の子は、一体どうしたらいいだろうか、と悩みましたが
「そうだ!」
パチンと指を鳴らして、手提げ袋の中をごそごそやり、小麦粉を取り出しました。
「雌鳥さん、この小麦粉を禿げてしまったところにおしろいのようにつければ、羽が生えてくるまで隠せるんじゃないかな?」
男の子の考えに、雌鳥は飛び上がって喜びました。
「まぁまぁ!なんていい考えでしょう!ココっ!」
男の子は、優しい手つきで鶏のうなじに小麦粉を塗ってやりました。
鶏は、男の子が小麦粉を塗り終わるまで、大人しく座っていました。
「よし!こうすると禿げてしまったなんて、一切分からないよ!」
「本当にありがとう!優しいお方!お礼に今朝産んだばかりの卵をどうぞ!ココっ!」
男の子は、役に立てて嬉しい気持ちで、そのピカピカした卵を受け取りました。

男の子は、ひとつのミルクに、ひとつの林檎、砂糖に小麦粉、卵をもらって、蒸したお芋のようにホクホクとした気持ちで家に帰りました。
家では、お母さんが少し心配しながら、男の子の帰りを待っていました。
「ただいま、遅くなってごめんなさい。お母さん、これで僕の大好きなアップルタルトタタンを作ってよ!」
男の子は、キッチンにいるお母さんに、優しい動物達に貰ったお礼を全部差し出しました。
お母さんは、男の子にお使いも頼まず、お金も渡さなかったので、
「 一体全体どうしてこれだけのものを揃えたの?」と少し驚いて聞きました。
男の子は、今日あったこと全て話しました。
お母さんは、笑顔でそれを聞いていました。
「あっ!しまった!大事なバターがない!」
「それは、ちゃんとこのキッチンに揃えてありますよ」
男の子は、ほっと胸を撫で下ろしました。
男の子の大好物の、アップルタルトタタンを焼きながら、お母さんは思いました。
きっとこの子の世界では、魔法がかかったように、虫も動物も言葉を話すのでしょう、と。

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