【二次創作】滅亡のオーズ~Age of Resurrection~【仮面ライダーオーズ】

 [序]

 古代王復活を目論む者が居た。
 彼は現代の錬金術師として技術を尽くし、王のクローンを……厳密にはホムンクルスを造り出した。
「後は魂を……」
 彼は降霊のすべを知っていた。彷徨える王の魂は、現代に蘇った自分の肉体……ホムンクルスと引き寄せあって一つとなり、遂に古代王仮面ライダーオーズとして蘇った。
 彼は王に問う。
「貴方の望みは?」
 王は答えた。
「創造の前の、破壊を」
 王は配下を欲した。その為に鴻上生体研究所を襲うと、保管されていたコアメダルを奪い、欲望の化身・グリードを復活させた。
 王の目が研究所の一室に置かれていた剣に留まった。
「それ、オーズの剣だね。現代の人間が造った物に、王様も興味あるんだ?」
 猫の問いに王は言う。
「ああ。使ってやろう。それに……オーズの剣なら、私の剣だ」
 王は暴虐の限りを尽くした。力を示すように、恐怖を刻むように、楽しむように、地上を破壊で埋め尽くした。
 王には今の世界がどうなろうと知った事ではなかった。神に等しい力を得て、新世界を創造するつもりなのだから。だがその為に足りない物があった。
「アンクを探せ……私が神となるために」

 やがて古代王仮面ライダーオーズは、アンクと人造グリード・ゴーダによって撃破され、その後に現れた仮面ライダーゴーダも、仮面ライダーオーズ タジャドルコンボエタニティによって撃破された。

 いつかの明日を求めて旅を続けていた青年・火野映司は、一つの命を救う為に自らを犠牲にし、また残った僅かな命の火も、アンクへと渡して生涯を閉じた。
 だが運命は映司を放っておかなかった。火野映司の亡骸を狙い、敵が現れたのだ。

 1
 
 悲しみと沈黙と灰色の空の下、最初に異変に気付いたのは金髪の青年――アンクだった。異形の赤い右腕が示す通り、人ならざる存在グリードであるアンクが、その感覚で異様な気配に気付いたのだ。やがてその気配は、その場に居た人間たち――後藤慎太郎、伊達明、泉比奈、白石知世子、里中エリカ、そして里中に手を引かれる少女にも分かるほどに大きくなっていた。
 何かの群れが宙を舞う。金属音を立てて飛ぶそれは大量のセルメダルだった。
「一体何が起きてる!?」
 後藤が驚きの声を上げる。セルメダルは超常の遺物のひとつだ。そんな物に干渉できる存在などこの場にはアンクしか居ない。そう思って後藤はアンクを見るが、当のアンクも後藤たちと同じく困惑の表情を浮かべていた。
 
 やがて宙を舞うセルメダルが無数の人型を成す。全身を甲冑で覆い、サーコートを被って剣を携えた姿は12世紀の騎士のようだ。その姿にアンクは見覚えがあった。かつて、世界を支配せんと策動した錬金術師・ガラが使役していたナイト兵である。
「なんでこいつらが!?」
 アンクの疑問に答える者は居ない。大量発生したナイト兵たちが一斉にアンク達へ襲い掛かる。後藤と伊達が「逃げろ!」と叫び、知世子が比奈を守りながら走り出す。判断の早い里中は、言われる前に少女を連れて既にその場から退避していた。
「変身!」
「変身!」
 後藤と伊達がそれぞれ腰の装置――バースドライバーXとバースドライバー――にメダルを投入し、ハンドルを操作する。
『ババーババース! バーバーバーバース! エーックス! ソカビ!』
 ドライバーが小気味良いカプセル開放音と合成音を発して、二人を戦う姿へと変えた。仮面ライダーバースXと仮面ライダーバースである。
「はあっ!」
 アンク、バースX、バースが近付いてくるナイト兵をパンチで、キックで迎え撃つ。ナイト兵単体の力は弱く、容易く倒せるが数が多い。
「鬱陶しい! 誰の差し金か知らないが、失せろ!」
 アンクが異形の右腕に炎を宿して振り抜く。不死鳥の羽撃きを思わせる一撃が周囲のナイト兵を焼き払った。
 
「アンク、火野が!」
 叫んだのはバースXだ。アンクが視線を火野映司――厳密にはその亡骸――に向けると、数体のナイト兵が映司の亡骸を運んでいた。
「何のつもりだ!?」
 アンクが背から翼を拡げて飛ぶ。ナイト兵の群れを飛び越え、一気に映司の亡骸の元へ――届かなかった。
 
 突如飛来した攻撃に墜とされ、アンクが地面を転がる。すぐさま頭を起こして見ると、ナイト兵から映司の亡骸を受け取る男の姿があった。
「これが《王の器》……」
 腕の中の映司の頬を撫でる男。フォーマルスーツに身を包んだ姿は普通の人間に見えたが、アンクの感覚は人外の気配を察知していた。
「誰だお前は?」
 体勢を整えながらアンクが問い、男が口を開く。
「我が名は、《ギル》」
 アンクが目を見開いた。ギルという名に覚えがあったからだ。
 男――ギルが言葉を続ける。
「この体は王の器として頂いていく」
「いきなり現れて、死んだ奴の名・・・・・・を名乗って、映司を連れて行く? ふざけるな!」
 アンクがギルに殴りかかる。グリード由来のスピードとパワーを乗せた攻撃を、ギルは受け止め、捌き、回避して見せる。やはりこの男は人間ではない。だが、ギルを映司の元から引き離す事には成功した。
「火野映司の肉体はコアメダルの力を制御出来る。それを使えば、今度こそ王を蘇らせるだけでなく、王の悲願も達成出来る筈だ」
 ギルの言葉にアンクが疑問を持つ。《今度こそ》?
八百年前の王あいつが蘇ったのはお前の仕業か?」
「その通りだ。だが失敗した。やはりホムンクルスの肉体ではダメだったようだ。王に相応しい器でなければ」
「器……それが映司の体って訳か?」
「そうだ」
「渡すと思うか?」
「いいや? だから奪うのだ」
 ギルが不敵な笑みを浮かべる。背後でメダルが落ちる音がした。
 
 アンクの背後で、上空から映司の亡骸へとセルメダルが降ってくるように飛び込んだ。
 映司の亡骸から飛び出すように腕が生え、アンクを突き飛ばす。次いで亡骸から這い出るように腕の主が現れた。それは猛禽類のような頭、猫科動物のような腕、昆虫のような脚を備えた異形。
 タカトラバッタヤミー。そう呼称される怪物が、映司の亡骸を抱える。
「待て……!」
 アンクが傷を押さえながら腕を伸ばすが、それは届かぬまま、タカトラバッタヤミーは頭から翼を拡げて遥か彼方へと飛び去ってしまった。
 見ればギルの姿も無く、大量に居たナイト兵もセルメダルへと還り、消えてしまった。
 まるで何事も無かったかような静けさの中、残された者たちは立ち尽くしていた。
 
 拠点の臨時クスクシエへと一行は戻って来た。全員が沈痛な面持ちだ。
「一体あいつは何なんだ?」
 伊達が切り出した。アンクは、あの男が名乗った「ギル」という名前について考え、どう答えようか迷っていた。
「厄介な事になったようだね」
 突然の声。発信源はモニターの中だ。映っていたのは鴻上ファウンデーションの会長・鴻上光生である。その声は顔に刻まれた皺に似合わず、太く強い。
「里中くんから話は聞いたよ。ギルが現れたそうじゃあないか」
「会長はあの男について知っているんですか?」
 後藤の問いだ。
「その前に、《ギル》については君の方が詳しいのではないかな? アンクくん」
 鴻上に指名され、全員の視線がアンクに向く。アンクは逡巡し、口を開いた。
「ギルは、八百年前、王の下でメダルを造った錬金術師の一人だ」
 
 アンクが語る。最も王を愛した男の物語だ。
ギルあいつは王を崇拝していた。あんな《王様》に心酔するような狂った奴だった」
 皮肉を交えて語りながら、アンクは八百年前の事を思い出していた。ギルに掛けられた言葉を、ギルが王に掛けた言葉の数々を。
 
“お前たちグリードは王の為に造られた。王の為に働けることを光栄に思うが良い!”
“分を弁えろメダル風情が! お前たちは只の道具に過ぎぬのだ!”
“王を讃えよ”
“王よ、何故に私ではなく彼奴等を選ぶのですか!? グリード等と言うメダルの塊を!”
“アンク……王はお前を気にかけているが、私は認めないぞ。王の傍に居るべきは私なのだから”
“ご覧ください! 王よ、これが私の忠義の証!”
 
「王に執心し、忠誠心を誇示する奴だった。そう言えばグリード、特に俺を嫌ってたな……」
 そう思ってアンクは、かつては理解出来なかった錬金術師ギルの感情を理解する。あれは嫉妬だったのだ。
「その錬金術師が最後どうなったのか、アンクは知ってるの?」
 問うたのは比奈だ。
「ああ。奴の最期は、セルメダルだ」
 
 八百年前、ある小国の王が神に等しい力を得るべく、錬金術師たちにある物を造らせた。様々な生物の力を凝縮した不変にして強力無比のコアメダルである。副次的に、欲望を糧として無尽蔵に増える消耗品のセルメダルも生み出され、それらは総称してオーメダルと呼ばれた。
 オーメダルが完成すると、次に王は大量のセルメダルを欲した。その為にコアメダルより生じたグリードと、グリードが生み出す欲望の怪物・ヤミーを利用し、セルメダルを増産させた。
 
「ある時、俺たちグリードよりもセルメダルを造れると豪語したギルは、王の前で自分の欲望からセルメダルを造り始めた。大量にな」
 アンクは回想する。錬金術師ギルの体から噴き出すセルメダルの奔流を。それは滝のようであり、噴火のようだった。欲望の権化であるアンク達グリードですら慄くほどの欲望。ただ一人、王だけがその姿を賞賛し、笑っていた。
 
“王よ、私は貴方とひとつに!”
 それが王を愛した錬金術師の、最期の言葉だった。
 
「そして奴は自分の全てをセルメダルに換え、王に差し出して死んだ」
「全て、って……」
「全てだ。欲望だけじゃない。体も、命も、自分が持っているもんは何もかもセルメダルに換えて、自分から進んで王に吸収された。それがギルの最期だ」
 行動だけ見ればギルの献身は無償の忠義だ。だが違う。そうであるならセルメダルは生まれない。あれは間違いなく欲望だった。
「あいつは王様に褒めてもらいたかったんだろうなあ。よく出来たいい子だ、ってな」
 
「じゃあそのギルが現代に蘇ったのか?」
「いいや、それは違う!」
 後藤の疑問に答えたのは鴻上だ。カメラに近付いたのか、モニター画面を顔面で占有していた。
「ならあいつは誰だ? 俺は知ってる事を話したぞ。今度はお前が教える番だ。鴻上」
「良いだろう。彼……あのギルを名乗る男について教えよう」

 2
 
 薄暗い部屋。セルメダルと資料が散乱する荒れた室内に、ギル……正しくはギルと名乗ったあの男は居た。
「先祖の悲願はわれが果たす……」
 そう言ってギルは目の前の装置を見る。透明の円筒型タンクの中には火野映司の亡骸が吊るされるように固定され、タンクの基部に設けられた窪みには、コアメダルが嵌め込まれていた。
「火野映司の肉体と、人造グリードが残した古代のコアメダル…… これらがあれば……」
 古代王仮面ライダーオーズがもたらした無差別破壊の影響か、天井に空いた穴から差し込む光が、スポットライトのように装置を照らしていた。
 突然聞こえる鳥の鳴き声。ギルが仰ぎ見た先、天井の穴から見える空を、赤いタカ型メカ・タカカンドロイドが飛んでいた。
 
 轟音と共に部屋の扉を破って、一台のバイクが突っ込んで来た。次いで駆け込んで来た二つの人影はバースXとバースだ。
「招待状を贈る手間が省けたな。しかし随分と過激なノックだ」
 ギルがバイク――ライドベンダーから降りるアンクの姿を認める。
「ふざけるな。映司を返せ」
「火野映司は死んだ。もう居ない。火野映司の体の事であれば、あれはわれが有効に使う」
 ギルは顎を振り、映司の亡骸と装置を指した。
「会長に聞いたぞ。お前は先祖……八百年前の錬金術師ギルの野望を引き継ごうとしてるってな!」
 バースXがギルに向かい叫ぶ。臨時クスクシエでアンクが八百年前の出来事を語った後、鴻上からギルと名乗った男の正体が語られた。
 男の正体が錬金術師の血を引く科学者であり、かつては鴻上生体研究所で働いていた事。
 人工生命体の製造を専門分野とし、鴻上ファウンデーションでホムンクルス製造技術を確立させた事。
 しかしある時、野望の為に鴻上生体研究所を去った事。
「そうだ。我が先祖は王の忠臣として身命を賭し、王の夢を叶えようとした。が……叶わなかった。だからわれが王を神として蘇らせ、先祖の無念を晴らすのだ! 《ギル》の名の下に!」
「その為に火野の体を使うって? 無茶苦茶を言ってくれるな!」
 バースが駆け出す。次いでアンク、バースXが。だがどこからともなく湧いて出たナイト兵たちに行く手を阻まれる。
「無茶苦茶ではない。古代のコアメダルの力で、彷徨える王の魂を呼び寄せる。そして王のコアメダルを通じ、火野映司の肉体に宿るのだ」
 映司の亡骸、その腰に巻かれたオーズドライバーの中央に、見慣れぬ金色のコアメダルが収まっていた。
「本当に、そんな事が!?」
 バースXがナイト兵を蹴散らしながら言った。
「出来るとも。王の魂は永久不変。肉体を失っても新たな身体があれば何度でも蘇る! 故に王は不滅! 命や死などと言うくだらぬものには縛られぬ存在なのだ!」
 ギルが装置を稼働させる。嵌め込まれていたコアメダルが光り始め、タンク内にエネルギーを送り始めた。
「そこで見ているがいい。王の復活を!」
 
『カニアーム!』
『ドリルアーム』
 バースXとバースが手早くドライバーを操作し、それぞれ戦闘ユニットを構築、腕に装着する。バースXの繰り出すエネルギー光弾がナイト兵を撃ち抜き、バースのドリルが唸りを上げてナイト兵をセルメダルの塊に変えていく。
「アンクは装置を止め――ぐわあっ!」
 バースXの言葉を遮ったのはタカトラバッタヤミーのキックだ。不意打ちのような一撃でバースXの体勢が大きく崩れる。
「後藤ちゃん!」
 バースが割って入り、二対一の戦いになるが、タカトラバッタヤミーの力は二人の仮面ライダーを相手しても引けを取らない物だった。
「こいつ、グリード並みか……」
 
 一方でアンクと対峙していたのはギルだ。
「退け!」
 アンクが右手を突き出す。鋭利な爪で引き裂いてやるつもりだ。
「そう言われて退くとでも?」
 嘲笑と共にギルは攻撃を捌き、反撃に胸へ掌底を見舞う。アンクは突き飛ばされるままに距離をとると、ギルへ向けて火球を放った。
「無駄だ!」
 ギルが前方へ手をかざすと円形の障壁が現れる。だが、火球は障壁にぶつかるよりも早く炸裂し、炎のカーテンとなってギルの視界を遮った。
 機会を得てアンクが飛ぶ。目標は装置に囚われている映司だ。だがギルも床を蹴る。
 空中でぶつかり合う両者。勝ったのは――
「無駄だ、と言った筈だ」
 ギルだ。アンクが伸ばした右手は空を掻き、ギルの拳はアンクの腹にめり込んでいた。
 また届かなかった……。アンクの心が悔恨に満ちる。だが、今の状況を許さぬ者が、まだここに居た。
 
――行けアンク!
 
 頭に響く声。その声の正体を確かめるよりも早く、アンクは突き動かされた。射ち出されるように体を離れ、右腕だけとなって空を飛ぶ。
「何だと!?」
 ギルが驚きの声を上げた。
 床を転がるアンクの体。いや、もうアンクではない。髪色が黒い。それはアンクに憑依され、今まで眠っていた人間、本来の体の持ち主である泉信吾だった。
「アンク! 行けえ!」
 信吾が腹のダメージを抑え、声を張り上げる。右腕だけのアンクが拳を握った。それは真っ直ぐにタンクへと激突。稼働状態の装置が放つエネルギーに晒されながら、アンクは渾身の力を込めて突き進んだ。
「映司いぃぃっ!」
 轟音を立ててタンクが割れる。アンクは叫びながらその手で映司の体を掴むと、装置から力任せに引き剥がした。
 装置がエラー音を発し、スパークを放つ。行き場を失ったエネルギーの暴走により装置は破壊され、爆発する。同時にコアメダルが弾き出されて床を転がった。
 
 映司の体を抱きかかえ、赤い鳥人が舞い降りる。それはアンクのグリードとしての、鳥の王たる完全体の姿。
「貴様ら……」
 ギルが怨嗟の声を漏らす。装置の破壊と映司の奪還を果たし、バースXとバースが勝利を確信する。後は残った敵を片付けるだけ――の、筈だった。
 
 映司が、赤い腕の中でゆっくりと瞼を開いた・・・・・。その様子にアンクが息を呑む。
 そんな筈はない。その目は二度と開かれない筈だ。自分があの時、閉じさせた筈だ。
「アンク……」
 腕の中から聞こえてきたのは、聞き慣れた声だった。だがアンクは、瞬時にそれが映司ではないと気付く。同時に、伸ばされた右手が赤い体を貫いていた。
 
「これで何度目であろうな……お前からコアメダルを奪うのは」
 言って、映司――厳密にはその体を操る《それ》がアンクから右手を抜き去る。右手だけではない。アンクが持っていた赤いコアメダルも一緒に。
「アンク!」
 バースXが、バースが、信吾が叫ぶ。アンクの体が崩れ落ち、無数のセルメダルに変わった。
「フフフ…… 王の復活だぁああああああ!!」
 ギルが悦びと昂りのままに絶叫する。その言葉の通り、八百年前の王が、今度は火野映司の肉体を以て復活したのだ。
「ふむ、この体は…… なるほどな……」
 王は今の自分の肉体が、火野映司――現代のオーズの物である事を認識する。同時にその肉体が持つ特殊な力にも。王の意思によってその姿が変わっていく。
「そんな……」
「マジかよ……」
 目の前の光景を茫然と見つめる三人。映司だった姿は、恐竜を思わせる怪人へと変わっていた。
 王グリード。
 それはかつて映司がグリード化した時の姿に似ていた。
「この体の力。お前たちで試すとしよう」
 王グリードが手にした大型の斧――メダガブリューから光刃を放った。
 
 爆音と同時に壁を突き破り、三つの人影が屋外へと飛び出す。いや、放り出される。地面を転がるも、バースXとバースは素早く体勢を整えた。
「泉さん!」
 二人の仮面ライダーの足元で信吾が横たわっている。二人に庇われて致命傷は負わなかったが、衝撃は強く、気を失っているようだった。
 バースは信吾の命に別状がない事を察すると、バースXと共に王グリードへと向き直った。
「あれは火野の体だ、なんて言ってる場合じゃないな!」
 二人が王グリードへと猛攻を仕掛ける。射撃、打撃、斬撃、同時攻撃、連携攻撃……繰り出される攻撃のことごとくを王グリードは迎え撃つ。打ち合う度、仮面ライダーの装甲に傷が増える。何度目かの打ち合いの後、王グリードはバースのドリルを掴んで止めた。
「お前たちでは肩慣らしにもならんか……」
 王グリードに掴まれてもなお唸りを上げていたドリルが、その握力に屈し回転を止める。そしてそのまま握り潰されて砕け散った。
 バースXがエネルギー光弾を放とうと発射体勢を取る。それと同時に違和感を覚えた。体の自由が利かない。バースXのシステムが、周辺温度の急激な低下を知らせる。王グリードの放つ冷気の波濤が、二人を瞬く間に氷漬けにした。
「消えろ……」
 メダガブリューから放たれた特大の光刃が、二人を襲う。
「ぐわぁああああっ!!」
「うわぁああああっ!!」
 極大のダメージを受け、バースシステムがダウンする。変身が解除され、装甲を失った後藤と伊達が地面に伏す。
 
「お前たち如きが王に敵うものか」
 ギルが王グリードの傍らに傅き、回収していたコアメダルを差し出す。王グリードが手をかざすと、コアメダルが宙に浮かび、空中で渦を巻いた。
 王グリードの体内にある赤いコアメダルと合わせ、今ここに全てのコアメダルが揃っている事になる。
「全てのコアメダルを、我が手に……」
 頭上のコアメダルに向け、天を掴むように手を伸ばす王グリード。その姿を見てギルが法悦に浸る。
「祝え! 全てのコアメダルを手中に収め、時を超えて新世界を創出する神! その生誕の瞬間である!」
 ギルの祝辞が響き渡った。
 
 3
 
 セルメダルの海の中に、アンクは居た。体を失い、意思の宿るタカコアメダル一枚というままならぬ姿だったが、王グリードの体内で意識を保っていた。
 王グリードの体内を巡るエネルギーの濁流は激しく、砕けるかと思うほどだ。油断をすれば意識を閉ざされ、ただのコアメダルにされてしまうだろう。だが負ける訳にはいかない。アンクは、映司を取り戻す為に王に吸収されたのだから。
 最初は古代王仮面ライダーオーズにしたように、体内から干渉してやろうと思った。映司の体を自分が乗っ取って、王の魂を追い出すつもりだった。だが王グリードの力――もっと言えば映司の肉体に残っていた紫のコアメダルの力だ――が発現している今では、干渉しようとすればその滅びの力で砕かれてしまうだろう。かつて10枚目のコアメダルがそうされたように。
 アンクには体の支配権を巡る戦いの経験があった。アンクが八百年越しの復活を遂げた時、その身は不完全で、右腕とそれ以外に分断されていた。そして本来の意思を宿す右腕と、新たな意思を宿したそれ以外とで、《アンク》の座を賭けて戦ったのだ。
 あの時は映司のお陰で自分を取り戻せた。それは滅びの力により、新たな意思を宿した方のコアメダルが砕かれたからであったが、今はその滅びの力によって映司奪還を阻まれている。
 ふと、映司との間で交わされた言葉を思い出した。
 
“お前と、もう一人のお前がひとつになったら、どうなるんだ?”
“多分、弱い方が消える”
 
 そうだ。この体の持ち主なら……。アンクはそう思った。信吾の体を使っていた時も、信吾の意識が目覚めると言動に影響を受けた。本来の体の持ち主の影響はそれほどに強い。もし呼び覚ます事が出来れば、王の魂を追い出す事も出来る筈だ。
「だが映司は……」
 火野映司と言う人間の生涯は閉ざされた。死んだ人間の意識を呼び覚ます事など出来るのだろうか? 逡巡するが、それも一瞬だった。
「いや…… やってみなきゃわからないか……」
 随分とあのバカに感化されたものだと思った。迷いを振り切り、アンクは叫ぶように呼び掛けた。
「おい映司! 起きて来い。いつまで好きにさせてるつもりだ! 映司ぃっ!」
 
 
 視えない。聞こえない。匂わない。触れない。味わえない。何もない場所に《彼》は居た。上も下も無く、漂うように、朧気な意識だけがそこに在った。
――映司ぃっ!
 何も聞こえない筈の空間で、不意に遠くから聞こえた音に意識が目覚める。
(……何だ? でも、どうでもいい…… もういいんだ…… 俺の手は、届いたから……)
 まどろみに任せるように、彼は再び意識を沈めて――
「君はその程度の人間だったのですか?」
 今度の音は近くで聞こえた。否、これは声だ。
「終末を拒み、明日を求めた君は一体どこへ?」
 その言葉が彼の沈む意識を留めた。
(明日…… そうだ。俺があの時、手を伸ばしたのは……)
 危機に晒された少女を救う為、彼は手を伸ばした。それで自分の命が潰えると分かっていても。それは明日を求めたからだ。今日の命を守る事が、大事な明日を守る事だと信じているからだ。
(俺は、明日が欲しくて……)
 彼の意識が徐々に浮上を始める。やがて、「明日」という言葉をコアに戦いと欲望の記憶が蘇る。そして仲間と、相棒と過ごした日々が彼を――火野映司を一気に押し上げた。
 
「ここは……?」
 何もない空間の中、映司の意識が鮮明さを取り戻す。
「ここは【虚無】。人ならざる者の魂が流れ着く空間。どこでもない場所。しかしあらゆる世界へと繋がる時空の隙間。次元の間隙です」
 映司は聞き覚えのある声から、その正体に気付いた。
「真木博士……!」
「まさかここで君と会うとは思いませんでした」
 それはかつて世界を無に還さんと全てを敵に回した男だった。真木清人が語り掛ける。
「今、世界は醜き終わりを告げ、望まぬ始まりを迎えようとしています。止められるのはただ一人。オーズだけ」
「でも、俺は……」
 死んだ身だ。今更何が出来るだろうか。
「君に出来る事は、君自身がよく分かっていた筈では?」
 
――おい映司!
 
 名前を呼ぶ声。聞き馴染みのある声だ。乱暴で、欲望に忠実で、アイスが好きな……。
「ああ…… 俺に出来る事は、いつだってこれだった」
 自分に出来る事、やりたい事に確信を持った瞬間、映司は輪郭を得る。虚無の空間において四肢の感覚を取り戻す。
 
――映司ぃっ!
 
 映司には救えなかった命があった。拭いきれない悔いがあった。だから、自分の腕が届いたと分かった時、同じ後悔を味わわないで済むと分かって安心した。一番叶えたかった願いを叶え、尽きるのを待つだけの僅かな時間で、もう一度手を繋ぐ事も出来た。
 だけど――
「比奈ちゃん…… アンク…… みんな…… 俺ってやっぱ欲深いだな。叶ったと思ったら、また欲しい物が出来た」
 
――映司いぃっ!!
 
 確かめるように言葉にした後、映司は声のする方へ力強く手を伸ばした。かつてそうしたように。そしてこれからもそうするだろう。もう一度その手を掴むために。掴み続けるために。
 火野映司の意識が、声を標に虚無の空間から在るべき場所へ帰っていく。
 
 
生き・・なさい。火野映司」
 何もない場所から、真木は世界を見ていた。荒廃した街。瓦礫の山。絶望的な風景。だが青空の下、生きるのを諦めぬ者たちが居た。
 鴻上光生がケーキを作っていた。里中エリカが少女に寄り添っていた。泉比奈が臨時クスクシエでアンク達の無事を祈っていた。
 そして白石知世子が、10年前と変わらぬ笑顔で人々を励ましていた。
「世界は、まだ美しい……」
 
 
 空中で渦巻くコアメダル。それを掴まんと手を伸ばした姿勢のまま、王グリードが固まった。ギルがその様子を怪訝そうに見ていると、やがて王グリードが戦慄き始めた。
「おのれまたアンクか!? いや、これは……ぬぉおおおおおおおおお!!!」
 断末魔の叫びだ。王グリードの体が突如、光と衝撃波を放つ。ギルや周辺の物を吹き飛ばし、その姿が人の形を取り戻していく。オーズドライバーから王のコアメダルが弾き出され、宙で砕けて欠片となった。
 頭上のコアメダルが力を失って落下する。降ってくるコアメダルの中から、《火野映司》は自分に相応しいメダルを掴み取った。
 トラとバッタ。
 腰のオーズドライバーにトラコアメダルとバッタコアメダルを装填する。ドライバーのスロットは三つ。装填すべき最後の一枚は、自ずと右手の中にあった。
「……ありがとう、アンク」
 掌の上のタカコアメダルにそう呟き、オーズドライバーに収める。ドライバーを傾け、オースキャナーを走らせる。幾度となく繰り返した動きだ。
 ふと、すぐ隣に誰かが立っている気がした。映司には、自分をこの世界に呼び戻した者の姿が、そこにあると感じられた。
「変身!」
 そう叫ぶ映司の声に、アンクの声が重なった。
『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ、タトバ、タ・ト・バ!』
 スキャナーが発した音は解放の合図だ。駆け巡る力が形を成して、映司の姿を戦士に変える。
 仮面ライダーオーズ タトバコンボ。
 全ての始まりの姿で、火野映司がここに起つ。
 
「火野!」
 後藤と伊達がオーズへと駆け寄って来た。
「火野……だよな?」
 おずおずと尋ねる後藤と不安そうな伊達を見て、オーズがハッとなる。
「あ、えっと…… 色々と、ご迷惑をおかけしました! その……心配かけて、すみません……」
 言いながらオーズがペコペコと頭を下げる。その様子を見て伊達が破顔した。オーズの背を叩きながら声を出して笑う。後藤も胸を撫で下ろす思いでオーズを見ていた。
 
 4
 
「うわあああああああああ!!」
 ギルが王のコアメダルの欠片を前に、慟哭とも咆哮ともつかぬ叫びを上げた。膝を地に着き、地面を殴る。
「我が悲願が! 王の魂があっ! ……許さんぞ貴様ら……絶対になあっ!!」
 怒りに震える手で砂を掴みながら、ギルの姿が異形へと変わった。凶暴な本性を体現するかのような鋭利な牙と爪を備えた怪人だ。
「オーズはただ一人! 王だけだ!!」
 ギル怪人態が吠え、現れた大量のナイト兵がオーズ達を襲う。オーズが剣――メダジャリバーを手にナイト兵を斬り伏せていく。
 奇声を上げて飛来する影があった。タカトラバッタヤミーだ。狙いはオーズだったが、メダル型の光弾がそれを許さなかった。
「お前の相手は俺たちだ!」
「火野は奴を!」
 バースバスターを手にした伊達が不敵に言う。後藤に促され、オーズがギル怪人態へと向かった。
 
「さっきはよくもやってくれたな」
 タカトラバッタヤミーと対峙する後藤と伊達。伊達がセルメダル一枚を指で弾き、空中でキャッチする。隣で後藤が、三枚のコアメダルをバースドライバーXに装填した。
『エビ!』
『カニ!』
『サソリ!』
 ドライバーから発せられた合成音声を認め、二人が叫ぶ。
「変身!」
「変身!」
 伊達がセルメダルをバースドライバーに投入。同じタイミングで二人はハンドルを回す。
 カプセル解放音と共にバースシステムが装甲を構築し、それぞれの姿を覆っていく。
『ババーババース! バーバーバーバース! エーックス! ソカビ!』
「行きますよ、伊達さん!」
「あいよ!」
 闘志も充分にバースXとバースがタカトラバッタヤミーへ突撃する。ヤミーが繰り出す爪攻撃を躱し、バースXが打撃を命中させる。攻撃後の隙を埋めるのはバースが持つバスターからのメダル型光弾だ。間断なく繰り出される攻撃にタカトラバッタヤミーが怯んだ。
 バースXがドライバーからコアメダルを一枚抜き去り、再装填。ハンドルを回す。
『エビレッグ!』
 キック力増強ユニットがバースXの脚部に装着される。装甲が連なった形状はエビの背を思わせた。
「はあっ!」
 バースXがミドルキックを放つ。脇腹を狙った一撃を当てると、すかさず下がった頭部を狙ってハイキックを。頭を揺さぶられ、動きを止めたタカトラバッタヤミーの腹に、刀を返すように横蹴りを打ち込んだ。
 蹴り飛ばされたタカトラバッタヤミーは慌てて立ち上がると、追撃から逃げるように頭から翼を拡げて飛んだ。
「させるか!」
『カッターウィング』
 バースが飛行ユニットを背に装着し、ヤミーを追って飛ぶ。瞬時に加速し、鋭利なウィングで空中の敵にすれ違いざまの斬撃を加えた。そして背後を取ると、手にした二丁のバースバスターを連射する。
 メダル型光弾の雨がヤミーへと降り注ぐ。翼も蜂の巣にされ、飛ぶ力を失ったタカトラバッタヤミーが悶絶しながら墜落した。
「後藤ちゃん、決めちゃいますか!」
「はい!」
 地に降りたバースが、バースXに言う。今こそ必殺の時だ。
『キャタピラレッグ』
 バースが脚部に重装甲を施す。バースXとバースが同時にハンドルを回した。
『エビ・コアバースト!』
『セルバースト』
 高まるエネルギーが武装に集中していく。バースがウィングで空を飛び、バースXがエビレッグを使って高く跳躍する。空中で並んだ二人が、地上のタカトラバッタヤミーに向けて飛び蹴りを放った。
「でりゃーーっ!」
「うぉりゃーーっ!」
 一層の気合を込めて繰り出された同時必殺攻撃ダブルライダーキックが、タカトラバッタヤミーを討ち破り、セルメダルの塊に変えた。
 
 ギル怪人態がけしかけるナイト兵をオーズが次々と撃破していく。メダジャリバーが振られる度、地を転がるセルメダルが増えていく。ギル怪人態がセルメダルを投げ、小石からヤミーが生まれた。
 プテラノドンの特徴を持ったオスとメスの二匹だ。二匹が翼を拡げてオーズに突進してくる。オーズはおもむろにメダジャリバーを構えると、ヤミーとぶつかり合うタイミングで一振り。二匹のプテラノドンヤミーが刃の一撫ででセルメダルに還った。
「往生際が悪いぞ火野映司! 諦めて王の支配を受け入れていればいいものを!」
「何かを諦める事で、誰かを悲しませる真似はもうしないって決めたんだ! 俺は全部諦めない!」
 一気に距離を詰め、オーズがギル怪人態に斬撃を見舞う。セルメダルを散らしながら、ギル怪人態が大きく後退した。傷を押さえ、ギル怪人態が再び大量のナイト兵を呼ぶ。身構えるオーズだったが、ギル怪人態はオーズにけしかけるのではなく、ナイト兵をセルメダルに還元して吸収した。
 オーズが再び斬撃を繰り出すが、今度は止められてしまう。大量のセルメダルが、ギル怪人態の傷を癒すだけではなく強化したのだ。ギル怪人態は至近距離でエネルギー弾を放った。
 オーズが大きく吹き飛ばされる。そこへ間髪入れず放たれた二発目が。オーズはまだ体勢を崩したままだ。
「もう一度死ねぇ! 火野映司!」
 着弾の直前、オーズの体から三枚の赤いコアメダルが飛び出し、エネルギー弾を打ち消す。そしてオーズを守るように周囲を飛ぶと、メダジャリバーのメダルスロットへ収まった。
 それが誰の意思によるものか、オーズは理解していた。
「行くよ、アンク!」
 メダジャリバーのレバーが倒される。剣に力を与えるのは永遠の名を冠する三枚エタニティメダルだ。不死鳥の加護を受け、刃が激しく燃え上がる。
 ギル怪人態がエネルギー弾を連発する。その全てを切り裂いて、オーズが駆ける。振り下ろされた炎の刃が、強化されたギル怪人態の体を大きく裂いた。
 思わぬ事態とダメージに、ギル怪人態が苦悶の声を上げて身をよじる。隙を逃さず、オーズはメダジャリバーの上でスキャナーを走らせた。
『タカ! クジャク! コンドル! トリプル・スキャニングチャージ!』
 燃える刃の勢いが増す。拡がる炎。それはまるで、鳥の翼のようで――
「セイヤーッ!」
 叫びと共に振り抜かれた一刀は、炎の羽撃きとなって次元ごとギル怪人態を斬り裂いた。
 限界を超えるダメージにギル怪人態の体が爆ぜ、セルメダルを散らす。人の姿へ戻ったギルが、崩れ落ちるように突っ伏した。
 
 八百年前の王の魂は駆逐され、ギルも敗れた。三人の仮面ライダーが互いを労う。戦いは終わった……。
 否、まだ戦いを欲する者が居た。それはギルの懐に。
「おのれ…… 火野、映司……」
 這う這うの体のギル。ボロボロになったスーツの内ポケットからメダルが転がり出た。ムカデと、ハチと、アリの模様が刻印された三枚だ。
「コアメダルを回収せねば……あの力があれば、まだ……」
「チカラ……メダル、ノ、チカラ……オーズ、ノ、チカラ!」
 三枚のコアメダルが妖しく光り、言葉を発した。そして戸惑うギルの体内へ突き刺さるように入っていく。ギルの瞳が金色に変わった。
「メダルハゼンブオレノモノダァッ!!!」
「一体なんだ!?」
 変貌したギルの様子に三人の仮面ライダーが驚く。その頭上を過ぎてコアメダルが飛来し、ギルの体内へ。ギルの体は再び人の形を失う。それだけでなく大きく膨らんでいき、やがてドラゴンのような怪物――巨大グリードへと姿を変えた。
 
 5
 
 咆哮を上げ、巨大グリードが三本の尾を振る。地面を抉りながら、三人へ向けて瓦礫が飛ばされた。
「危ない!」
 瓦礫を躱しながら、仮面ライダーたちは臨戦態勢に入った。その姿を認め、巨大グリードが声を上げる。
「コアメダル……オーズ、ノ、チカラ……ヨコセェエエエ!!」
「その声、ゴーダか!?」
「しつけぇ野郎だ!」
 襲い来る巨大グリードに、Wバースがそれぞれカニアームとバースバスターを構える。光弾の連射をものともせず、突っ込んでる巨体。横跳びで躱され、目標を失ってもなお巨大グリードは突き進んで周囲の物を破壊し、やがてバランスを崩して無様に転んだ。
「おいおい……こいつ暴走してやがる」
 手足をバタつかせて立ち上がる巨大グリード。バースは暴れぶりを評して言ったが、事実、巨大グリードは暴走していた。体内のコアメダルの力を制御出来ず、最早理性を失っていた。
 巨大グリードが咆哮を上げる。同時に周辺の物が、土が、岩が、瓦礫が、まだ原型を留めていた建造物がセルメダルに変わる。
 巨大グリードの体から零れ落ちるようにミイラ男のような人型――屑ヤミーが際限なく現れ、大地を埋め尽くしていく。
「これじゃあまるで……」
 真木が世界を終らせようとしたあの日のようだ。
 オーズが跳び上がり、巨大グリードに向かってメダジャリバーを振る。だが翼を備えた巨腕の一振りによって体ごと弾かれ、地面へと叩き付けられた。
「火野!」
「くっ……このままじゃ、世界が……」
 メダジャリバーを杖代わりに立ち上がるオーズ。
「でも奴に生半可な攻撃は効かねえぞ。どうする?」
 オーズは考えを巡らせ、自分が出来得る中で最大の攻撃を思い付く。
「……後藤さん、伊達さん。少しの間でいいので、あいつの足止めをお願いできますか?」
「何するつもりか知らないが、分かった!」
「現場対応ね。上等!」
 バースXとバースが前に出た。邪魔な屑ヤミーを蹴散らしながら、巨大グリードへ向かう。
『ブレストキャノン』
 走るバースの胸に遠距離型砲撃ユニットが装着される。隣ではバースXがドライバーからコアメダルを一枚抜き、再装填の後にハンドルを回していた。
『サソリキャノン!』
 バースXの胸にも遠距離型砲撃ユニットが装着される。三門のビーム砲を備えたそれは、サソリを思わせる形状をしていた。巨大グリードを射程範囲に捉えると、二人のバースがハンドルを回した。
『セルバースト』
『サソリ・コアバースト!』
「ブレストキャノンシュート!」
 合計四門の砲から放たれたエネルギーの奔流が、射線上の屑ヤミーを融かしながら巨大グリードに命中する。
「はあああああああっ!」
 エネルギーを放ちながら、二人のバースが体を捻った。巨大グリードの脚を極太のビームが薙ぎ払い、その巨躯が体勢を崩した。
 
 オーズのタカの目が光る。狙いを一点に定め、バッタの脚で跳躍すると、トラの爪で巨大グリードの頭部を斬った。それは撃破を狙った一撃ではなく、あるもの――コアメダルを抉り出す為のもの。狙い通り、抉られた巨大グリードの頭からコアメダルが飛ぶ。そしてオーズは、意を決した様子で宙を舞うコアメダル全てに向け、オースキャナーを振った。
 スキャナーがコアメダルを読み込み、その力を解放していく。解放されたコアメダルは次々に光となってオーズに集中していった。
「ぐ……うぉおおおおおお!!」
 オーズの体内で力が爆発的に高まっていく。緑、黄、灰、赤、青、紫と目まぐるしく色を変えながら、オーズの体が輝きを増していく。
「コ、ア、メダルゥゥゥ……チカラ、ヲォォォ……」
 空中で輝くオーズに向かって、巨大グリードが強奪の意志を込めて手を伸ばす。だが、その手を阻むようにオーズと巨大グリードの間に《穴》が現出した。
「あれは!」
 バースXは知っていた。臨界を超えて引き出されたコアメダルのエネルギーは、時に時空や次元を穿つことさえあるのだ。それはあり得た世界を引き寄せ、あり得ない現象を巻き起こす。
「アクアヴォルテクス!」
 穴の向こうから勇ましい声が聞こえた。同時に放たれた水流が、激しい勢いを以て巨大グリードを押し返す。閉じていく穴の向こうに、青い戦士の姿が見えた。
 そして、オーズの輝きも臨界を超える――
 
 鴻上ファウンデーションの会長室。鴻上は戦いの行方をカンドロイドを通じて見ていた。もちろん、オーズが全てのコアメダルをスキャンする瞬間も。
「真のオーズへ至るには大きな欲望の器が必要だ」
 鴻上が語り始める。里中も近くに居たが、鴻上の言葉は誰に向けるでもなく続けられた。
「八百年前の王も大きな器を持っていたが、欲望に満たされていた。故にコアメダルの力を受け入れる余裕を持たず、その結果……自滅した」
 鴻上が大きな窓から外を見る。立ち昇る光。それはオーズが放つ光だ。遠方からも確認出来るほど、眩く輝いていた。きっと比奈や知世子たちも気付いているだろう。
「だが火野映司くん! 君の欲望の器はかつてないほど強く、大きくなっている! 無限を超える力を全て受け止める程に! それは君が果てしない欲望を抱いたからだ! 君の器を成長させた欲望! それは……」
 それはきっと単純で、だからこそ強い欲望ねがい
 
――俺は、皆と明日を生きるんだ!
 
 オーズがドライバーの上でスキャナーを走らせる。
『スキャニングチャージ!』
 虹色の光輝を纏い、オーズが両足蹴り――タトバキックを繰り出した。
「セイヤーーーーーーーッ!!!」
 巨大グリードの体にタトバキックが突き刺さる。八百年前の王が目指し、しかし至れなかった力が巨大グリードを貫いた。
 崩壊する巨大グリードの体が、大小の爆発を起こしながらセルメダルを散らし、金属の雨音を立てる。何かを欲するように伸ばされた巨腕もセルメダルに変わり、欲望の雨の一部となっていく。
 やがて雨が止み、戦いは終わった。
 
 "終わり"は突然訪れた。
 ドライバーから聞こえる軋む音。強大な力の使用に耐え切れず、限界が来たのだ。音を立て、ドライバーとスキャナーが石と化す。変身解除と共に弾き出されたタカコアメダルが、散乱していたセルメダルを巻き込んで人型を作り始めた。
 映司がその名を呟く。
「アンク……」
 
 [終幕]
 
 戦いを終えた者たちが帰路につく。
「皆、おかえりー!」
 臨時クスクシエに帰って来たアンク、後藤、伊達、信吾を知世子と比奈が笑顔で迎えた。
 だが映司の姿を見つけると、目を見張り固まってしまった。
「映司くん……?」
「えっと……ただいま……」
 身を縮こませながら言う映司の姿を見て、比奈の目に涙が浮かぶ。映司が慌てた様子で駆け寄り、思わず伸ばした手を比奈がとった。涙を湛えたまま、比奈は映司の目を見た。
「本当に、映司くん?」
 比奈の視線と震える声を受け止め、映司が手を優しく握り返した。
「うん…… 心配かけちゃってごめん。比奈ちゃん」
 言葉からにじみ出るものが、目の前に居る者が映司であると比奈に確信させる。比奈の視界が滲みを増し、その口には笑みが零れた。その様子に、知世子の顔にも喜色満面の花が咲いた。
 皆から喜びと「おかえり!」の声を受け取る映司。ふと、
「あ、言い忘れてた」
 そう言ってアンクの前に立った。
 映司とアンク、二人の視線が真正面で合う。
「……おかえり、アンク」
 アンクは返答の代わりに、ふてぶてしい――そして映司にとっては見慣れたいつもの――笑みを返して見せた。
 
 オーズのベルトは失われた。オーズはもう居ない。
 破壊の傷跡は世界にまだ残っている。
 だが彼らは悲観しない。今日を生きる意味が、明日への欲望があるから。

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