「背水の陣」状態の強さ

いま読んでいる本にこんな一節があった。

「いつかは花火もやりたいね。打ち上げるんだよ。ドカーンとね」上地氏は嬉しそうに言う。「やりたいことがいっぱいあるから、今は楽しいよ。使命だからもう逃げられないと思ってからは、沖宮を知ってもらって、みんなが元気になるために、色々やるのが楽しくなったさ」

東畑開人『野の医者は笑う―心の治療とは何か?』

これを読んで、背水の陣状態にあるときに発揮される人間の強さについて思いを馳せた。

「もうこれしか道がない」と他の選択肢や逃げ道が断たれたときにはじめて、余計な迷いや悩みを捨てて、その道で自分が幸せにやっていくことに本気でコミットメントできたりする(上記の引用部分の中ではそれが「使命」という言葉で表されている)。

私にとっては、大学時代の部活がそうだった。

先輩にお世話になったものを還元せねばという責任感と、高校で部活を辞めているので今回は最後までやり切るという決意と、何より同期の人数の少なさからひとりでも抜けると個々人の負担が大きくなりすぎるという危機的状況。

こうした状況にあって、「辞めるという選択肢はもうない」と覚悟したとき、「とにかくできるところまでやるしかない」と思った。

そうすると、思っていたよりもできることが増えた(上達した)。

私はいま、生きることに関しては、背水の陣の思いで(?)、生きているからにはたのしむ、幸せになると決めている。こう考えられるようになったのは、私のなかでも成長したところだ。

一方で、いま私に必要なのは、仕事においてもそうした背水の陣の覚悟を持つことではないか、と思う。。。

▼追記 覚悟に関するいい話:札幌新陽高等学校 荒井優校長の記事
https://teachers.studysapuri.jp/seminar/report/2017/10/31/165.html

「あきらめろ! 覚悟しろ! 本物を作れ!」

これ、僕すごい言葉だなと思って。今これ毎回どこでも言っています。やっぱりこの諦めることってすごい。つまりこれは、現状を全て認めることだと思うんです。

よく学校現場って、すぐ校長が悪いとか、教頭が悪いとか、言いがちです。うちの父が理事長になって最初にとったアンケートでは、先生たちも結構辛辣にいろいろと書いていました。生徒が悪いとか、保護者が悪いとか、もしくは先生が悪い、理事会のビジョンがないとか。

そうやって人のせいにするんです。割と大人はみんなそうです。頭のいい大人は特に。だけど、こう言っている限りは何も進まない。諦めろというのは、これを全部認めること。僕も、学校はもともと経営がすごく苦しいんですけど、これは全部僕のせいだと思っています。

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hato

映画と、「白くて丸いもの」の魅力を探求するnote。あとは徒然なるままに考えていることを言葉に。私にとってnoteを書くことは、健やかに生きるための術であり、生きている証を残すことです。 2018.03.03~

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