衆寡問題 次の段階

 オオカミの群れは巨大なオスのシカを倒す。
 単に強力な体を持つよりも、群れになったほうが有利になる。

 独り身の狩人よりは、家族で動く狩人のほうが有利になる。
 さらに親族が有利になる。
 さらに眷属が有利になる。

 このようにして、封建社会が生まれる。

 自然に対して人間が持てる集団の力を統括する『初期の手段』として、上下関係を厳密に求める封建制度は有効なシステムとなり、人類は自然を席捲できた。

 自然を席捲した人類の次の相手は、隣の人類である。
 人類の主な戦いの目標は隣の群れに勝つこととなった。

 緊密な統制が求められ、中央集権が求められ、『優秀な領主』のもとに中央集権化が進む群れが周囲を席捲した。

 封建制度は、中央集権制度は、ヒエラルキーは『原始社会においては』有効な手段であった。

 さて、産業革命が始まった。
 食べることに必死になる必要が『平民にすらなくなる』時代が来た。

 それでも、慣習という慣性が封建制度を続けさせた。
 群れは国となり帝国となり、情報伝達能力・処理能力以上に肥大しながらも、中央集権制度は続けられた。
 他の方法を知らなかったからだ。

 次に、コンピューターが生まれた。
 コンピューターがネット社会を生み出した。
 必要な知識にだれでもアクセスできる環境が生まれた。
 それでも、権力者たちは中央集権にこだわった。
 彼らにはそれ以外の知識がなかったからだ。

 ネットが可能にした、分散処理と並行処理での情報処理という現実を認識できなかった。

 教育がなくても、財力がなくても、能力のあるものはネットで学習し、必要な情報を集め、必要な情報処理が行える環境が登場した。

 権力を目指す者たちは相変わらずヒエラルキーの丘を登ることだけを目的にして有能さを浪費し、意味のない大統領の地位にこだわった。

 世界は、無限の情報と無限の情報処理を行える環境になりながら、権力志向者たちはヒエラルキーのてっぺんに立つことだけを目的にし、『集中処理方式』にこだわった。

 ネットが可能にした『並行分散処理方式』に気づかず、『集中処理方式』にこだわった。

 プーチンを見るがよい。
 ヒエラルキーのピラミッドが『最下層から始まる各階層で、自分にとって都合の良い情報だけ』を上にあげる社会を見るがよい。

 階層の都合のために捻じ曲げられ他情報のみが差し出される哀れな権力志向者を見るがよい。

 中国でも同じ愚かなピラミッドが、てっぺんに忖度した都合の良い情報だけをろ過して差し出している。
 日本でも、忖度を求め、無責任を教示とする権力志向者が効率の悪い不正確な官僚社会を作り出している。
 アメリカでも、自分の殻に閉じこもりたいだけの、裏庭のお山の大将だけになりたがる社会を見るがよい。

 現実との乖離は拡大を続けている。
 ウクライナは乖離の露出の一つである。

 『集中処理方式』
   と
 『並行分散処理方式』
という、新旧の神の戦いが始まっている。

 では、『並行分散処理』とは?

 単細胞生物と多細胞生物の違いに似ているだろう。
 ホルモンで細胞間のコミュニケーションし情報処理する多細胞生物でも細胞間のコミュニケーションと、言語・文字・電子情報でコミュニケーションをとり情報処理を行う人のコミュニケーションは、単に媒体が異なるだけでしかない。。

 言語や文字での知識の記憶と伝達が始まってから、人は『並行分散処理方式』の生物へと進化を始めた。
 多細胞生物の体内でホルモンがコミュニケーションをとるように、文字や言語や電子情報が個人間のコミュニケーションと知識の蓄積を可能にした。

 人類の進化は始まっている。いや、文字と言語が生まれた時からすでに続いている。
 肉体を超越した、言語・文字・電子情報という新しい形のホルモンで動く多細胞生物のように、各々の頭脳が互いにコミュニケーションをとりながら情報処理、つまり、生存のための問題解決を始めている。

 時代は衆寡の時代である。
 相対的に少ない個体で作られ、中央処理方式をとる『寡体』思考と、膨大な個体と頭脳で作られた並行分散処理方式をとる『衆体』思考が勢力を争い始める時代である。

 多細胞生物に進化しなければ生き残れなかったように、寡体から衆体生物に進化しなければ、人類の存続はないだろう。

 寡体のままでは、単に知性を持っただけの生物として化石に名を遺す存在になるしかないだろう。

 太陽系という狭い領域ですら、人類は絶滅の瀬戸際に常に立ち続けている。
 太陽がくしゃみをするだけで地球上から声明は消え失せることが認識されていない。

 たかが個人の政治理念・歴史観だけで紛争を続けるという贅沢な時間は切れようとしている。
 愚かな老人の歴史観だけで戦争を行う時ではない。
 周囲を見ずに自分の生活だけに埋没しているときではない。
 滅亡の危機は目の前にある。
 恐竜たちが、三葉虫たちが、単細胞生物たちがそれを物語っている。

bye

ありがとー