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真・女神転生5Vengeance発表を見ての所感 

正直、最初に見たときは「やったー!」の感情だったんだけど、思ったよりXが炎上している状態もあり、自分の中でもいろいろ考えることがあったので、個人的な気持ちを書いておきます。

ニンテンドーダイレクトで発表された「真・女神転生5Vengeance」。
真・女神転生5のリブート版であり、新たなコンテンツの追加、Switch以外のハードへの展開などが発表された。
真5の完全版が発表された喜びもある一方で、アトラスが作品に新たな要素を追加し、同じソフトのリブート版を発売するという、いわゆる「完全版商法」をまたやったことで、トレンド入りし問題視されている。

まず、前提として分かっておいてほしいことは、「本作はほかのアトラスの完全版商法とは状況が全く違う」ということだ。
真5は、もともとストーリーのしりすぼみ、キャラを深堀しない展開など、ストーリー面に大きな問題を抱えていた。
序盤のストーリーはしっかり組み立てられていて面白かったのに、後半以降のストーリー構成はかなりお粗末になっていた。
とあるキャラに関しては深堀りされるシーンが全くなく、「なんでこいつこんな行動してるの?」と疑問に思うシーンが多々見られた。
真5は、「中途半端な作品」であったのだ。
これは、原版がある程度完成されており、ユーザーからも不満が出ていなかった歴代作品とは傾向が大きく異なる。

では、この異なる点がどのような印象をプレイヤーに与えるのか。
私は、「同情」か「批判」のどちらかになると考える。
「同情」は、製作スタッフに対する感情だ。
真5の内容を見ると、明らかに後半は時間が足りなかったことは容易に見て取れる。
ここまで後半がカツカツになったのは、開発スタッフの納期が明らかに間に合わず、落としどころを作るうえであの結果を生んでしまったのではないか。
そうであるならば、同情する気持ちも理解できる。
実際、プロデューサーのインタビューでは「実現できないものが多々あり、それを残念に思っていた」という発言もある。

一方、批判は「じゃあ最初から全部盛り込んでくれよ」という意見だ。
納期どうこうがあっても、時間をかけて全部盛り込んでほしいという気持ちも、同時に理解できる。
もっとも、この批判には多数の意見があり、「最初から全部盛り込め」という人もいれば、「DLCとして追加要素を入れるべきだ」という、単に完全版商法への批判を意図している意見もある。

では、私はどっちの意見を持っているのか。
…正直、どっちもある。
納期に間に合わなかったせいでヴァスキやシヴァを発売前に宣伝しないといけなかったのなら、あの終盤のシーンを生放送で出しちゃったのも納得できる。
しかし、某キャラに関しては完全にストーリーでの言及がなく、今考えてみると「そいつに焦点を当てたストーリーを後で足して、完全版商法にもできるよな…?」と思えてしまう。
だから、実際どういう状況でこうなったのかは断定できないし、そこに対しての批判や同情の意志を決定づけたくはない。

ただ、本作にはちょっとだけ疑念が残っている。
それは、「悪魔が本作のメインであり、そこに焦点を当てた」というプロデューサーの発言である。
メガテンとしては至極真っ当なのかもしれないが、自分はどうしてもここが引っ掛かった。

というのも、自分の中でメガテンシリーズは「人と悪魔の対話によるゲーム」だと思っているからだ。
だから、メガテンシリーズに対して悪魔を大々的に主張させることは「なんか違う」と感じてしまう。

悪魔と触れ合うゲームは、日常に悪魔が侵食する「デビルサマナーシリーズ」の役目であって、メガテンがここを担う必要はない。
むしろ、メガテンは「崩壊した世界の中で悩む人間と、それを支配しようとする悪魔の複雑な関係性」が重要であり、仲魔との触れ合いは大して重要ではない。
仲魔とキャッキャするのなら、あんな殺伐とした世界線でやるよりも、日常に近い世界観の方がまだ納得出来る。
だから、その点を主張することなく、「悪魔って大事ですよね!可愛がってね!」と言われても、「いや、それはサマナーでやれよ…」と思ってしまう。

メガテンの強みは、やっぱり「ポストアポカリプスでの宗教的価値観の屈折」だと思う。
メガテンは、ポストアポカリプスと化した東京で、あがきもがきながらも悪魔と共存する道を見出す人間に価値があり、その人間の中でも悪魔と対等にやり合える特殊な主人公がいることで、ストーリーの面白さが成立している。
また、それがあるからこそLNCの選択の重みが増えるわけで、それを無視して「とりあえず人間ヤバいからさっさと創成しちゃおうぜ!笑」みたいな展開は、もはやアライメント要素に対する侮辱ととってもいい。
真3もシステムは好きだが、コトワリの世界を作ったところで、そもそも人がいないからなんのための空間だよと思ってしまう。

真5も真3とほぼ同じだ。
真3の世界観を継いでいるので、このあたりは自然だろう。
しかし、真5は真3よりアライメントを重視していない。
政治的な意図を高めてはいるものの、世界がほぼ壊れている中で「俺はこう創世するけどね」だけ言って、プレイヤーに介入する気もないヒーローたちには呆れ返った。
悪魔の思想によって狂い始めるヒーローたちも描写はかなり雑だし、そもそもあまり狂っていない。
ポストアポカリプスの思想としても理性的すぎて、筋が通っている分気持ち悪かった。
そういう意味合いで、プロデューサーの述べた「やはり悪魔がメイン」という展開は真5らしいと思うと共に、ストーリーで魅せるゲームでは無いように感じて不安に思った。

ここまで散々懸念点を言ってきたが、実際はこの文脈がジジくさい、老害じみた意見であることもまた事実ではある。
デビルサマナーはライドウ以降の新作が出ていないし、真5が「どの悪魔にもスキル調節ができて、好きな悪魔を限界まで強化できます」という育成重視のゲームだったから、真5の傾向としてこうなるのも理解できない訳では無い。
そもそも、ストーリーに真3が関わっている時点で、魔界中心で人間の関わりはそこまで出てこないのも、ある種仕方がないかもしれない。
メガテンは変わったのだ。
ポストアポカリプスよりも、悪魔とプレスターンを主張するゲームに。

だから、ここまで言ってても私は真5Vを買うだろう。
自分で出せる結論は「ストーリーの面白さで黙らせてくれるなら神ゲーだね」というものなので、買うことでしかその面白さは理解できない。
どうなるか楽しみに待つことにしようと思う。

あと地味に言っておきたかったけど、ピアレイとダグっさんは出演おめでとう!
ターボばあちゃんは何故でてきたか知らんけどおめでとう!

おわり。



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