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de,愛永遠彼(で、あいとはかれ)

      彼の名は由紀雄

「お願いだから·········私はあなたを大切にするから考え直して?」
 今彼はビルの最上階の屋上で、泣き崩れる一人の女性に背後から抱き締められていた。男の顔には生気が見られない、女性が止めなければ確実に飛び降りていたのだろう。

        22年前

「オギャァオギャァ!!」
「あ?·········な、なんだよ!!お、おい!!誰か至急湯を沸かしてくれ!!それと救急車もだ!!赤ん坊が捨てられてる!!」
 ここは児童福祉施設の裏口、彼はダンボウル箱の中にバスタオルで包まれた赤ん坊を発見した、赤ん坊の冷え具合から結構な時間が経っている。産みたてと言っても良いだろう、赤ん坊の身体には所々血液が付着し固まっていた、更にへその緒は無造作に切り取られ、明らかに病院では無く自力で産み落としている。気温は1℃、僅かばかりの雪がちらついていて、我ながら良く生きていたと感心するばかりだった。
 湯に浸ける準備が出来たらしく男はバスタオルを剥いだ、すると一枚の紙がハラリと落ちた。男は赤ん坊を他の職員に預けるとそれを拾いあげる。
「かずとし、あきら、たける、まさかず、何だよこれ······名前まで付けようとしてたんじゃないか、でもその前にって事か···馬鹿な母親だ、育てられないんならんな事するなってのに、自分の快楽の為に子供を犠牲にしやがって、これって紛れもなく殺人未遂なんだけどなぁ、それに死んじまったら殺人じゃないか」
「色眼鏡で見ては駄目ですよ?確かにやってしまっている事は許される事ではありません、ですが全ての事が共通している訳ではありませんからね?」
 男は溜息を溢し、再び幾つか書かれた名前の紙を眺めまた溜息を付く。
「雪のちらつく日に生まれたからゆきおか···」
「あら?この子の右肩に星型の痣があるじゃない、蒙古斑とはちょっと違うかな?」
 その後赤ん坊は直ぐに救急搬送され、訪れた警察を交え色々と手続きを済ませる事になり、短い様で長い慌ただしい一日が終わった。
 
 あれから2ヶ月が経ち、まだ首も座らない赤ん坊は再び施設に戻って来た。どうやら母親は見付からなかったらしい、赤ん坊の状況から母親の安否も含め事件性があると判断した警察は捜索を継続するみたいだ、それで落ち着くまではこの施設で預かる事となった。
 施設長は当時の社員の呟きを思い出し「ゆきお」の名を提案、長い話し合いの結界「由紀雄」と言う名前が付けられた。
 そして母親が見付からないまま由紀雄は4歳となり、河野守•幸子夫妻の養子として初めて 苗字が付く事となった。
 河野夫妻は幼馴染みで、守が大学の4年生の時に就職内定と共に結婚した。それから長きに渡り子を宿す努力はして来たが、子が宿る事は無かった。共に病院で検査をしたがどちらにも原因は無く、ならばと体外受精も試みた。だがそれでも宿る事は叶わず、医者からはタイミングや相性的なものもあるから、こればかりは気長に待つしかないと······。
 そして去年の秋に46歳になった幸子の生理は来なくなってしまた。そう、閉経してしまったのだ。二人の間に沈黙が続く中、若しもこの時が来たら、と以前話し合っていた養子を受け入れる事を幸子は守に持ち出した。だが守は一日だけ落ち着きたいと部屋に籠もりやがて啜り泣く声が聞こえ、幸子もまた自身の所為だと両手で顔を覆い泣き崩れた。

 気温も大分暖かくなり、春が近付いた頃由紀雄が河野家の新しい家族となった。
守「やぁ初めまして由紀雄君、今日からここが君の家だ」
幸子「遠慮しないで何でも話してね?」
由紀雄「え、えっと······よ、宜しくお願いします。お父さんとお母さんになってくれてありがとう御座います、えっと、それと」
守「もう大丈夫だよ?君の気持ちはちゃんと我々に通じているから」
幸子「沢山練習したのね?上手に出来ていたわよ?さ、中に入りましょ?お家の中を案内するわね?」
守「それは私がやろう、君は由紀雄君の為に飲み物とお菓子を用意してくれるかい?」
 二人は由紀雄に早く懐いて貰いたくてこれ程優しくしている訳では無かった、基本二人共性格は穏やかで世話好きなだけだった。
 そのお陰か由紀雄は思ったより早く二人に馴染み、反抗期も無くすくすくと育つ。まるで血の繋がった本当の親子の様に、だから由紀雄も穏やかに人に優しい性格になって行った。

 由紀雄はこの春K大に合格した。そして両親に大学近くで一人暮らしをしてみたいと相談、この頃守は定年退職し3人で慎ましく暮らしていたのだが、二人でゆっくり過ごして欲しい事が優先し、またアルバイトなど社会を知りたいとの事を珍しく強く訴えた。
 幸子は老婆心ながらオロオロと慌てているが、守がこれ以上の無い程の笑顔で承諾してくれた。
 家族で由紀雄が借りるアパートを探し、2DKで駅から5分、陽当り良好の二階建てアパートの二階角部屋に決めた。家賃は守が援助すると言って来たが、自分で頑張りたいと言う由紀雄に矢張りそこは親心だろう、初めての一人暮らしでは慣れるまでは何かと入り用になる、と大人の助言をされては断れず仕送りを承諾する事にした。
 引っ越しの日の玄関前で、母に泣かれた時の胸に刺さる痛みは今でも忘れない。父に肩を強く握られ決して無理だけはするな、と最小限に留めた言葉も心に響いた。
 二人が見送る中、小さなバッグを片手に見送る二人に背を向け、新しい生活を始める一歩を踏み出したのだった。

 大学では直ぐに友人が出来た、その中でも気が許せるのが二人、一人は同じ年の香坂健一(こうさかけんいち)そしてもう一人も同じ年の秋野明日香(あきのあすか)。
 この二人とはサークルで知り合った。何のサークルかと言うとアニメ討論だ、特に何をする訳でも無いただお互いの好きなアニメや見たアニメの情報交換をするサークルだ、中には熱烈なオタクも居るが大半はただ好きだからと言うノリで集まったもの達である。そして由紀雄の好きなジャンルは異世界物、異世界で語られる物や転生•転移•召喚されて繰り広げられるファンタジーに魅せられ好きになっていた。そしてサークルの中で健一と明日香も同じジャンルだった事から、気の合う者同士として付き合いが始まったのだ。
 夏になれば海、祭り、花火。秋にはキャンプ、冬にはクリスマスや温泉、春には花見と常に3人で四季を行動していた。
 二十歳になった当日も二人は祝に来てくれ、その時に健一から彼女が出来た事を告白された。焦った明日香は冗談混じりで由紀雄に告白するも、由紀雄は笑って誤魔化し話しを健一の彼女に振る。
 明日香とは別に恋人になっても申し分ないくらいの女性だったが、今のこの関係が由紀雄に取って凄く居心地の良い事から、関係を崩したくは無かったのだろう。その後明日香からのアピールは続くも由紀雄はいつも笑顔で誤魔化した。いつしかそのやり取りが呼吸をするのと同じな様に。
 ただ変化があるとしたら、由紀雄の二十歳の祝から健一の付き合いが減った事だ、だが由紀雄も明日香も自分達の所為で健一の恋を壊したく無いと話し合い、健一からの誘いが来るのを待つ、と言う答えに辿り着いた。

 今日も居酒屋のカウンターで食事権呑み、横にはいつも通り明日香が居る。

明日香「ねぇ由紀雄ってばぁ、そろそろマジで私と付き合ってよぉ」
由紀雄「ハハハ、ちょっと呑みすぎたかな?遅くなったて来たからぼちぼち帰ろうか」
明日香「今日こそ泊まってもいいでしょ?」
由紀雄「明日はバイトの前に実家に顔を出すからさ、家まで送るよ」
明日香「そうやってまた誤魔化す···由紀雄の馬鹿」





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