罪と家系ラーメン
諸君、私は家系ラーメンが好きだ。
諸君、私は家系ラーメンが好きだ。
諸君、私は家系ラーメンが大好きだ。
ニンニクと混ぜたほうれん草で白米を食べるのが好きだ。
スープに浸した海苔で白米をかきこむ時など心が踊る。
どうも、家系ラーメン大好き筆頭です。周りにジロリアンしかいない状況で「僕は家系ラーメン好きですけどね」って言ってその後蜂の巣にされるぐらいには好きです。
いやね、今日ラーメンを昼に食ったんですよ。鶏白湯ラーメン。まあラーメンはそこそこうまかったんですけど、なんか物足りんのですよね。
そう、米が足らんのです。米を俺によこせ。
最近家系ラーメンに毒されすぎて、米がないとラーメンが満足できない病に罹ったようです。
考えてみればラーメンというのはそれ一つで完結していて、本来それ以外のものは必要ない。ラーメンただ一つあれば良いのです。
ただ家系ラーメンはその主役たるラーメンを脇に追いやり、おかずとして起用し、米を食うことを主軸に置いているのですよ。
この感覚、なんというか弱小球団で四番を打ってたバッターが、FAで強豪球団に行って、六番あたりを打たされてる感覚に近いんですよ。
何がいいたいかというと大正義なんですよ。
日本人、結局米が食えたら結構な人は満足すると思うし、米との相性を高めて行った家系ラーメンはまさに日本人のためのラーメンみたいなもんなんですよ。
ラーメンを食いながら米を食い「こんなことやってるから太るんやなあ」と思いつつ止まらない。まるで麻薬だ。
罪だ。
人間は生まれた時から罪を背負っていると言うが、それはきっと家系ラーメンを作ってしまったと言う罪だ。
そして家系ラーメンのせいで世界は今日も戦争が絶えない。
と、昼ラーメン食ったのに家系ラーメンが食いたくなってさすがに昼夜ラーメンはヤバイなあと思って、カップヌードル食いながら思いました。
今日は何も思いつかない日だったなあ……。
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