野口恒生

off timeは読書、映画・美術鑑賞、 詩作。本は「ブクログ」に、映画は「Film…

野口恒生

off timeは読書、映画・美術鑑賞、 詩作。本は「ブクログ」に、映画は「Filmarks」に。好きな絵:フラ・アンジェリコ『受胎告知』、バーン・ジョーンズ『黄金の階段』ホッパー、ワイエス、ラファエル前派、後期印象派の作品等。 #詩 #本 #映画 #美術 #野口恒生

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予報

朝早く目が覚める 細君が呆れて笑う 歳取った証拠なの まぁしかしそれは 自然からの贈り物 朝の砂浜に届いた 桜貝の便りのよう そっと拾い上げる 二人のこの先へと 清新の晨が始まる 予報は雨だという でもその前にほら 朝焼けが見事だよ

    • 根府川

      今は昔 東海道線の根府川駅 海に対座した大岩で 雪の散るなか父親が 竿しならせ一進一退 遂に鯛を釣り上げた 大根の葉っぱだけで 海老で鯛は釣れても 葉っぱだけでなんて 信じられない子供は 夕方の八百屋さんへ 貰い回るおつかいが 嫌でたまらなかった ビニール袋に一杯の 茹でた大根の葉っぱ 海に大量に撒かれて 岩に付いた海苔かと 見間違えてブダイが 本当に食い付くのか 案の定で朝早くから 雪も散らつき出した 夕方仕舞いかけ時分 寒いから早く帰ろう 半べその子供の手前 遂にあ

      • 来歴

        薄闇のなか等間隔に腰掛けている 防波堤で夜釣りでもするかのよう 男達が向き合っているのはしかし 夜光虫にきらめき輝く海ではない 止まることのないベルトコンベヤ 額のライトに照らされ浮かぶのは 確かに海だった二万年前の石炭だ 流れ来るズリと呼ばれる石の塊や ヤギと呼ばれる楔代りの木片や枠 炭坑内地下約400メートルの片隅 轟音と炭塵にまみれ黙然と腰掛け 流れ過ぎる石炭をぼんやり見張る 岩盤層ではダイナマイトで破砕し 瓦礫片がコンベヤを止めかねない 一抱えの丸太の残骸まで流れ寄る

        • 映画館

          外国映画に感動して父親は 召集令状(赤紙)を 風呂敷包みごと映画館に置き忘れ この非国民が、と罵倒された ある見合いの席で母親は 愛読書はと訊かれて小声に答えた トールストーリー(映画雑誌)が トルストイじゃなかったのかと 見合いが破談に終わった そんな二人の間に生まれて姉と私は 小学校二、三年から 外国作品中心に映画ばかり見てきた 字幕を読み切れない子供達を間に 一番後ろの席に陣取り二人は交替で 小声に読み聞かせしてくれた 読み聞かせは「絵本」じゃなかった 当時の映画館

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          熱帯夜

          前日来の寝不足にもかかわらず 右左寝返り打っても寝付けず ようやく眠りかけたら あちこち蚊に見舞われ目覚めた夜半 たまらず起き出して階下へ降りた 明かりを点ける気にもなれず ソファに凭れ込み しばらく暗いなかでぼーっとしていた やがて目も馴れ たまたまそこに置かれてあった テレビのリモコンのスイッチを 押してみた 放送も終わって映るあてない 灰白色砂嵐の終了画面、のはずが いきなり真っ暗な部屋に跳び込んできたのは 四囲一面を染めて青い光り 流れ

          笹舟

          車内で女生徒が三人仲良く 英単語の暗記に余念がない それぞれ順に出題されては 懐かしい単語が発音される やがて指先がスペルを追う 淀みない草書が宙に顕れて 新体操のリボン演技のよう 混み始めて狭まった空間に カリグラフィーが絡まる頃 タイミング良く駅に着いて か細いスペルも彼女たちも ひとかたまりに流れて行く 清流に浮かべた笹舟に似て

          古都

          幾重にも道は細やかに 縫い上げられてきた 別離と邂逅と 安堵と悲哀と 濃緑を湛え深々と奔る 疎水のほとり 深草、墨染 姿映すより匂い立つ 沈丁花のひとむらも 各戸口に似つかわしい 昼下がり 優しく懐かしい? 音に出遭った 低い軒端の向こう 家々の何処からか 立ち昇るように 聞こえてきた音、音 ピアノ? 足取りを緩めて 軽やかな饗応に与る 舶来のその音に 初めて触れた いにしえびとのように にぎわいの後のさびしさ といった

          マツバウンラン

          ま遠く オルガンの音(ね) 小学校舎から 運ばれてくる 子供たちの 歌唱(うたごえ) 腕のなかに 眠りから覚めて 彼女が微笑む ふたりきりで この部屋に 目覚めることの しあわせ ゆるやかに たわむ薄むらさき

          マツバウンラン

          黙契

          秋の終わり 日本海を見下ろす断崖の上 崩おれ来て波は 山に阻まれ 飛沫は谺となって 空へ散る 垂れ込めた雲間から 幾本の光が海に注ぎ 鈍色のうねりが そこかしこ 青白の輝きに翻る 空と海とで 交わされていたなにか 刻々 海は色を変え 水温を下げ 夏に喪われた青の増殖に 取りかかる と いつの間にか 雪だ 雪が降ってきた 遅れていた初雪が いま一面を降りしきる

          高原鉄道

          麓のホームから 乗り込む車内は ほの暗くて きみの 清楚な華やぎが際立つ やがて 走り出す窓の外 徐々に 景色は展け 車両は目映いガラス箱 明る過ぎて 消えかかる僕たち おもいでの夏

          高原鉄道

          「読書会」

          長いあいだ 本は独りで読むものと思っていた 話には聞いていた 「読書会」に誘われ 参加してみた 一つは女性が中心 公設の小さな部屋で 僅かな会場利用料も 都度の人数で割り勘 提案し合って本を決め 翌月感想を持ち寄る 平日午後のティータイム 時に手製の菓子も出て 本中心ながら 「井戸端」に花も咲く 長閑でつましく実直な 読み手の経験値は 読解に想外の視点や 深みをもたらした 一方は若者を中心に 某デニーズで ドリンクバー代込みの会費制 課題図書もなければ 朗読もない ハ

          「読書会」

          降り積もった昨夜の大雪が 陽に映えて眩しい 初めて逢う友達の彼女は 待ち合わせに 少しだけ遅れてきた 吐息の白 頬の紅潮 唇もその声も 明るさのなか 微かに陰るその瞳も 均整のとれたスタイル 果物籠提げた指先まで 素敵だった すまながる彼女に代わり 籠を抱え 病院までの雪道を 眩しく並んで歩いて行く

          クニヨシ

          目を閉ざし 起きているのか寝入っているのか 女性が一人 堅い椅子に脚を組んで腰掛け これも堅そうなテーブルに肘をつき ピンクと紫のあわい 薄いキャミソール姿で 時が零れていくに身を委せている 天井扇風機のモーター音にも ラジオからの雑音に混じって 流れてくる物憂い曲にも 掻き消されずに 画面のこちらへ寄せてくるのは 異国や望郷といった言葉を 体現してきた彼女の 激しい静けさ

          伝説

          冬将軍の先駆けの兵 木枯しが 攻め入った先で恋に落ちてしまう 「秋」に仕える娘の一人 その素直な美しさに 焦がれ拒まれ日を重ね 救う手立てを得られないまま 光のなか透き通って逝く娘を送る 徒手空拳 立ち尽くし動こうとしない兵の心が 砕け、風に散り 冬を迎えた

          恢復期

          病室の窓辺 娘と母が外を見ている 庭一面の鮮やかな緑 5月の午後 木蔭に涼む恋人同士 立ち上る陽炎 揺れてbaser 「いつまでも見てないの」 「夢のよう、ね」 噴水をうけている睡蓮の花 (なんて白いんだろう)

          お爺さんが孫と 歩いていく 緩やかな足取りで ともに少し覚束ない 補い合って そっと繋ぐ手 書き込みの多い手には 真新しい手が 眩しくて 忘れかけの 唱歌など 歌い出していく