拝啓 大滝詠一

 君は、大滝詠一を知っていますか?

 あの人ほど、日本人のための洋楽を考えて作った人はいないと思うんです。力を入れるポイントが他のアーティストと決定的に違うんです。


 大滝詠一は、アメリカンポップスの研究者としても著名で、洋楽、そして、インテリである事などから、ドライでクールなものを想像しますが、アーティストとしての大滝詠一は、ひたすらウェットで、自分も音楽愛好家としてリスナーにちゃんと向き合っている優しさであり、

 批評家というよりは、アメリカンポップスに対するひたすらな愛です。

 

  それは、その道の草分け的な、えてして権威であるからクールでドライなイメージを想像してしまいますが、アーティスト大滝詠一は、本当にまことしやかに表情、表現豊かで学者のような見識ぶったところは微塵もない、むしろ色があり、強さというより弱さ、そのえてして頼りなさげに心もとなく母性愛をくすぐり、思わず引き込まれてしまうような弱さ、そして、そこから縦横無尽な強さ、思わず聞かせるなあ、と唸ってしまうような表現。


 そう愛情表現豊かな演出、それは、バックのオケとの絡みで、ボーカルがオケに負けそうになったり、逆に勝っちゃったり、それが本当にきわどいくらいの心象表現を醸し出し、それが艶やかな色に変わったり、本当に多彩な演出、また、知識というのは、そうした隠し味になって全く嫌みがなく、心憎いじゃかいですか。

 だから、そういうクールでドライなところが微塵もなく、むしろ、多感な揺らぎ続ける、微妙な心もとない思春期のうつむき加減な心が感じいっちゃって、思わず泣かせます。

 特に『ロングバケーション』は、半年間、テープで、擦り切れるきれいくらい毎日、聞いて、この世界に共鳴共感し、実際、何度、涙した事かしりません。そして、なんて、心の琴線に響く、純真な心をもった、心憎いばかりに微妙で、また、多彩な演出ができる、素晴らしい、真のアーティスト何だろうか。

 他に知識とかそういうものは、影響は受けた事はなかったですが、他に何か経験らしい経験もなかったですが、『大滝詠一』だけは、あの多感な思春期の入り口で、間違いなく、影響を受けた、こんな多感な純粋な少年のような心を、いつまでも忘れない、そういう大人になろう、もしくは、そういう仕事をしよう。漠然とですけどね。


  そういう意味では、バッチリ影響を受けた、多分、私が一番、自分の人生で影響を受けた、今に連なる根幹の、人格形成の礎にあるものは、他の哲学や思想や、他の誰でもない、『大滝詠一』だと思いますよ。

 『大滝詠一』は、「ロングバケーション」他のなによりも、一番最後の、「さらば、シベリア鉄道」で、実際に高校卒業したら、シベリア鉄道に乗っていく予定でした、亡命みたく。あの頃は、革命とかにも感化されていて、諏訪湖の向こうに北アルプスがあって、それを越えて日本海を超えて、夢にまで見たシベリア鉄道で、ソ連を超えて、フランスへ。

 私には一人仲のいい相棒がいてね、二人で、革命家やアーティストになろうとか、そんな事ばかり、考えてました。進学しようとか、いい会社に入ろうとか、お金を稼ごうとか、そんな事は、全く考えてなく、全く、女の子と遊ぼうとか、そんな事も全くなく、かろうじて入った哲学科で、大学卒業するまで、そんな感じでした、あと、何故か、バルチザン活動をしようと思って、探検部に入ったり、極真空手を習ったり、先の事は、考えているようで、考えてなかったですね。革命家になろうとか、ロックミュージシャンになろうとか、真剣に思っていましたから。

 亡命とか、アーティストとかそんな事ばかりで、遊ぼうとか、彼女を作ろうとか、進学とか、就職とか、まったく頭になくて、大学いくのに偏差値も知らなくて、なにしろ資本主義の匂いがしたからね。

 まあ、大学卒業するまでひたすらロック、ひたすら革命、ひたすら哲学。就職活動なんてしなかったですよ。ひたすら哲学でしたから。まあ、そういった意味では、今もそんなに変わらないかな。今から考えたら、相当変わっていたかもしれないかもだが。宮沢賢治か、という感じですけどね。そういえば、『大滝詠一』も、宮沢賢治も、岩手県の人だな。岩手県はいいところだよね。

 何故か、世話になった人に、岩手県の人がいたな。自然では、信州の次に、気になる県だな。
『大滝詠一』は、まだ、自分の中に生きていると思うよ。一昨年、なくなっちゃったけどね。



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観念文学

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