会社を辞めて2年が経って、前職の先輩と初めて商談したときのこと。

ぼくが前職を辞めて数ヶ月後に、同じように退職して、別の雑貨メーカーに転職した先輩がいた。

当時ぼくは出版部門の事業部長で、その先輩は雑貨部門の事業部長。事業部長(もしくは同等)の役職を担っていたのは6人だけだったので、数少ない同じ立場で苦楽を共有できる人だった。

今日、その先輩の会社に初めて事業提案に行った。辞めてから、前職の同僚と一緒に大きな仕事をするのは初めてのことだ。

緊張していた。

でも先輩は、ぼくの提案をすぐに聞き入れてくれて、今後の流れまで明確に示してくれた。そしてそのあと、こんな話をしてくれた。

先輩「なあ、この紙の加工知ってる?すごくない?本の表紙にも使えるんやって」
ぼく「いいですね。でも高いでしょ?」
先輩「いやそれがタイトルの箔押しと変わらんくらいの値段らしい。レシピ本とかにいいんちゃうかな」
ぼく「すごいじゃないですか!」
先輩「さっき商談してた紙屋さんが紹介してくれたんやけど、ちょうどおまえが来るし、本の装丁に使えるか詳しく聞いててん。」

ありがとう、しかなかった。

先輩からすれば、2年ぶりに会う後輩。その間、特に音沙汰もなかった後輩。あまりいい辞め方ではなかった後輩。特に恩があるわけでもない後輩。

なのに、そんな後輩の提案をすんなりと聞いてくれて、そのあと、すごく自然に、ぼくの仕事のプラスになればと土産話まで用意してくれていた。

前職を辞めるにあたって、ぼくは自分以外の5人の事業部長と1人ずつ面談をした。厳しい言葉を言われた。誤解を訂正する隙間もなかった。だけど、この先輩だけは、少し困った顔をしながらぼくの目の前で笑っていた。

「会社に迷惑かけるんは事実やけどな、辞めるのは社員の自由やから、おれは何も思ってへん。ただ、おれやったらもっと上手に辞めるのになあ笑 独立したいなんて言わんでいいねん。おまえはまっすぐ行きすぎやで笑」

この言葉に、当時どれだけ救われたかわからない。それくらい、自分は裏切り者なのかと自己否定ばかりしていたから。

あれから2年が経ち、これから一緒に新しい仕事をさせてもらうことになった。細かなデータや詳しい企画書がなくても、「おまえが考えることやから」とすぐに話をまとめてくれた。
そんな先輩がいることをすごく心強く思ったし、結局、その出会いをつくってくれたのもあの会社だったんだと、また、感謝した。

秋がやってくる。





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