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ハンタイを愛してもいいですか。

「おはよう」

この言葉を聞いて、1日の始まりを想像した人が大半だろうか。

でも実際は、暗く静まった部屋に2人。これから僕たちは、目を閉じて1日の終わりを迎える。

「おはよう」で1日が終わる世界線。

そんな世界線に僕たちは生きていた。

「おやすみ」

朝が来た。直視できないほど眩しい太陽光線がカーテンの隙間から覗きこむ。午前7時18分。「おやすみ」という朝にはとても似つかないような言葉とともに、僕たちは目を覚ました。

「ごちそうさまでした」

そう言って朝ご飯を食べだす。きっと食べられるご飯たちも、食べられずに済むのかとぬか喜びだ。

「いただきます」

これは食べ物への冒涜だと言う人がいるかもしれない。

「ただいま」

扉を開けて、外にでる。外に出た瞬間、僕はホントウを生きなければならないような気がした。

「おはようございます」

会社では、とくに変わらず、当たり前で陳腐な挨拶をする。その言葉に返してくれる人もあれば、意にも止めずパソコンに向きあう人もある。僕たちは、本来パソコンと向き合うことを幸せとしていたんだっけと少し疑問になる。

「お疲れ様でした」

ホントウおわり。ハンタイの世界へようこそ。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

このやりとりも慣れたものだ。ホントウの世界はなんだか疲れる。ぼくにとってはハンタイの世界のほうがホントウな気がした。

「おはよう」

今日もこの言葉で1日を締める。今週末はディズニーランドに行く。とても楽しみ、、、いや、絶望だ。

ディズニーランドにやってきた。僕たちは、定番通りカチューシャを買った。僕がミニーで、彼女がミッキー。

「ブスじゃん」

その言葉から僕のホントウを見抜いたような笑顔で、「ありがとう」と言った。かわいかった。夢の世界で、ハンタイの世界を生きる。絶望のような時間だった。

そんな僕と彼女の世界は、2年くらい続いた。

僕は、社会人3年目になり、大きな仕事を任されることが多くなって、帰りも遅くなっていた。

「ごめん、今日帰り遅くなる」
「了解!ありがとう」

「ごめん、今日は取引先とのご飯あるから、ご飯いらない」
「了解!ありがとう。」

「ごめん、今日家帰れないかも、、」
「了解。ありがとう。」

彼女のありがとうが、ありがとうと感じれなくなってきた時に、僕たちはもう終わりだと思った。

「今まで本当にありがとう」

最後は心からの言葉で、心からの涙を流しながら別れた。

ぼくは、未だにハンタイが好きだ。ホントウも好きだ。矛盾が好きだ。なかなかハンタイの世界線を一緒に生きてくれる人は少ないけど。

ハンタイを愛してもいいですか?

そしたら、世界の全てを愛することができるので。

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