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上京して間もない頃の話

2019年2月8日僕は上京した。
出身は福岡県朝倉市
上京当日、家族や友人などから
「頑張ってこな」「身体に気をつけて行かなよ」
そう言われた。
それと同じ位言われたことがもう1つ…

「東京の人は冷たいらしいよ」

これだった
「何の偏見やん」「そんな事ないやろ…」
そう思っていた自分も少なからず、心のどこかに「東京=冷たい」というイメージがあったのは間違いなかった。

上京して1ヶ月、地元で長く勤めていたバイト先の有給消化中だった。
その期間中は契約上がどうとかで、東京でバイトを始める事がまだ出来ず…
細かい家具家電を揃えたり、部屋を住みやすくする事などに徹していて、特に東京の方と接する事はほとんどなかった。

そんなある日
中学時代からの友人が、4月から入る会社の研修の為上京してきた。
数日後、その友人から「呑みに行こう」と連絡が入った。
「どこで呑む予定なん?」
「すまんけど横浜でも大丈夫か?」
結構遠かった…
「なんで横浜やん…」
「いや会社の寮がまだ使えんくて、会社指定のホテルを転々としとるんよ…それで今横浜…」
久々に会うこともあり、友人も大変そうだったので了承した。

呑みは盛り上がり、そろそろ終電も近かったので帰ることにした。
駅まで移動すると電光掲示板に、事故の為遅延が発生しているとの表記が
「俺の方は、ホテルまでの電車遅延してないけん帰れそうやわ」
「俺の方遅延しとるなぁ…帰れるやかぁ…」
「マジか…大丈夫なん?俺が呼んでしまったし…俺のホテル来るか?」
「いやそれはさすがに大丈夫かなぁ…ギリ乗り換えダッシュすれば間に合うと思う」
「すまんな…なら次の電車もう来るぞ」
「そうやな、それじゃまた」

電車に乗り、乗り換え先がある駅まで何とかたどり着いた。
乗り換え先までは少し距離がある
ダッシュするか…
そう思い走ったが、まだ土地鑑が浅く、道に迷い間に合わず…人生で初めて終電を逃した。
とりあえず携帯を開こうと電源ボタンを押したが
「あれっ…?えっ…?」
起動しない…バッテリーが切れていたのだ。
「マジかぁ…!?どうしよぉ…」
何かないか?と周りを見渡したが、会社らしきビルばかりで何も無い、オフィス街に迷い込んでいた。
誰かに聞こうにもほとんど人が通っていない。
今思うと、少し探せばネットカフェやコンビニの1つくらい、いくらでもあったのだろうが…
当時は見知らぬ土地で道に迷い、携帯のバッテリーも切れ、解決策を探す手段もない…軽くパニックになり、完全に周りが見えなくなっていた。
そうすると

「どうかされましたか?」

声のする方を振り向くと、回送と表示された1台のタクシーが
余程焦っている様に見えていたのだろう。
タクシー運転手のおっちゃんが、心配そうに声を掛けてくれたのだ。
「道に迷って終電逃しちゃいまして…」
「どこかお泊まりの予定は?」
「ないですね…調べようにも携帯のバッテリーも切れちゃって…」
「それは大変ですねぇ…ご自宅は?」
詳しく住所を覚えていなかったので、最寄り駅を伝えた。
「あぁ…結構遠いですねぇ…」
「タクシーでどのくらいですかね?」
「大体30分位かなぁ…そもそもこの時間はほとんど出払ってるから捕まらないよ」
「そうですよねぇ…どうしよう…」
「…よし、乗せてくよ」
思わぬ言葉と、回送と表示されている乗り物には乗れない、という固定概念から
一瞬状況が飲み込めず、変な間があいた
「…いやっ…でも回送って…」
「大丈夫ですよ、たまたま早めに切り上げようとしてただけなんで」
申し訳ないなとは思いつつ
「…いくら位掛かりますかね?」
「うーん…5000円あったら着きますかねぇ」
少し高く感じたが、早くこの現状を打破したく、手持ちはあったのでお願いすることにした。

「すみません帰る予定だった所を…遅くなっちゃいますよね」
「いえいえそれ以上に遅くなる事だってありますよ、私が好きでやってるんでね」
「以前にもこんな事が?」
「ええ、困ってる人が居たらほっとけないんですよ」
なんだこの絵に描いた様な優しい人は…
ドラマでも聞かんセリフやぞ…
僕はそう思っていた。
「昔から男はつらいよの寅さんに憧れててねぇ」
「僕も寅さん知ってますよ、人情味溢れる人ですよね」
「おぉ…お若いのによくご存知で、私も寅さんと同じ葛飾生まれ葛飾育ちなんでねぇ、そんな人間になりたいんですよ」
「そうなんですね、ほんとに助かりましたありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」

家に帰れる安心感もあり、会話が弾んだ。
おっちゃんのタクシー業界の話、漁師や板前など職を転々としていた頃の苦労話
その中には危うく殺されかけた事がある…なんて怖い話もあった。
対して僕も芸人になる為に上京した事、反対意見が多かった事、正直「東京=冷たい」というイメージがあるという事も…
それをおっちゃんは「若いのに今まで苦労してきたでしょう…」と親身になって聞いてくれた。

見慣れた街並みになってきた、最寄り駅まで後わずか
30分間ほとんど話が途切れる事はなかった。
「すみませんこんな話ちゃって…」
「いえいえ私もおしゃべりなんで、よくお客さんからうるさいって言われますよ(笑)」
「そうなんですね(笑)タクシーあんまり使ったことなくて、ここまで話した事なかったんで面白かったです」
「ありがとうございます、これも何かの縁ですよ」
終始おっちゃんは気さくで優しい方だった。

目的地に到着し、2人でメーターに目をやった
「えーっとお会計が…あぁ…しまったなぁ…」
メーターには約6000円と表示されていた
「じゃあすみません6000円からで」
会話の盛り上がりなどもあり、もう値段はそこまで気にならなくなっていた。
「いやいやっ…私が5000円って言ったんで5000円で大丈夫ですよ…!」
この状況になるまでに数々の失態を侵したが、お金に関してはちゃんとしている
「いやっそんな1000円も…!助けて貰いましたし払いますよ…!」
「お客さんには芸人さん頑張ってほしいんで!少ないかもしれないけど、今後の為にとっといて下さい…」
おっちゃんに食い下がる様子はなかった
「…ありがとうございます…じゃあすみませんお言葉に甘えて…」
「はいそれで良いんです、あとはお客さんが売れた時に出世払いで(笑)」
「そうですね(笑)」
「いつかテレビで、こんな運転手が居たって話してやって下さい(笑)」
「それは絶対話します(笑)なんとか売れます」
「楽しみにしてますね、ご乗車ありがとうございました」
タクシーは走り去って行った。

走り去って行くタクシーを、僕はずっと見つめていた。
あまりのおっちゃんの優しさ、粋な計らいに泣きそうになりながら…
もう僕の中で「東京=冷たい」というイメージは、完全に消え去っていた。
この出会いに感謝をしよう…
必ずどこかでおっちゃんの勇姿を語ろう…
いつかほんとに、おっちゃんに出世払いで恩を返そう…と
そんな事を胸に刻んでいると、いつの間にかタクシーは見えなくなっていた。

いつ思い返しても、あまりにも映画の様な出来事だったので、その時の事を未だに鮮明に覚えている。
ただ…大事なおっちゃんの顔と名前も、タクシー会社名すら一切覚えていない。

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