生理の違うおじさん

エレベーターで、乗り合わせた客が全員自分の方を向いて立ってると、何をされたわけでもないのにすごく居心地が悪い、みたいな実験の話を聞いたことがあるなあ、と、電車の中で思い出した。この場所は何て言うのか、正式名称はなさそうだが、ドア脇だ。あの寄っかかりやすいとこ。自分が降りる駅まで寄っかかってる側のドアが開かないとわかってる時にはよく使う。

今日も車窓を右に見ながら寄りかかってるわけだが、問題は左側だ。おじさんの後頭部がある。電車は混んではいない。スペースはいくらでもある。しかし、おじさんはこの位置、この姿勢を選んだ。

文字だけだと説明がややこしい。まず、自分は右半身と背中を、それぞれ電車のドアと座席の端の仕切りにもたせかけて立っている。で、座席の端の仕切りには、車内中央に向かって手すりがついてる。おじさんは左肩をかろうじてその手すりに引っ掛けて、こちらに尻を向けて立ってる。片方の脚の膝を曲げ、もう片方の脚はまっすぐ45度くらいの角度でこちらに傾いている。ビリー・ジーンのイントロのマイケル・ジャクソンと大体同じ姿勢だ。

まるで、自分とおじさんの間に見えない壁があって、おじさんはその向こうに人がいるとは知らずに壁に寄りかかっているような感じだ。こちらとしては、マジックミラー号の中にいるような感覚。第三者から見たら、明らかに我々二人は妙に距離が近い。おれがギタリストで、おじさんがボーカルだったら、演奏中の舞台上での戯れとしてはアリかもしれない。バディ感がある。

しかし、おじさんはマイケル・ジャクソンでもなければバンドのボーカルでもない。こちらから見えるのは禿げた後頭部と、その手に持ったKindleの端末だけだ。別に大した事じゃあない。実害はない。ただ、何故か完全にこっちに重心をかけたその姿勢から、おじさんを固定する唯一の支点であるところの手すりと右肩の連結が何かの拍子に外れた場合、おじさんの全体重が直ちに斜め下方向の速度に変換され、その後頭部がこちらに向かって飛んでくることは想像に難くなく、第一、直立不動で体重をすべて地球の中心に向かって逃していたとしても、この空いている車内であなたと私がこんなに密接な距離にいる必要はないと思うわけであって、Kindleで何読んでるか知らないが、まずは公共の場での他者との物理的な距離感について学んでほしい、とか思うわけである。

結果、想像していたような事態は起こらず、おじさんは何事もなかったかのように(実際おじさんの中では何事もなかったんだろう)一駅前で降りていった。実害はない。大したことでもない。何気ないように見えて社会問題の一端を示すような出来事、でもない。だからこそ、書いておきたかった。「暗黙の了解」とすら思ってない、無意識のラインを意識させられることがたまに起こる。まあ、そういう話だ。

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桂一朗

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