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続・アニアーラの話をさせろ

アニアーラの感想が読みたくてTweetDeckの検索タブを常駐させてる私ですけどみなさんはいかがですか?
「四六時中アニアーラの感想RTが流れてくる異常なTL」とか言われてますけど私は元気です。時間がないので原作読むために図書館にいけない。
グギー。

アニアーラの解像度がひとつ上がったのでちょっとお話を。
これまでこの映画のことわりと単純に見てて、思い出すたびに陰鬱な気持ちになってました。
つまりアニアーラ号とは小さな地球ではないかと。
地球に生きてる俺たちも結局アニアーラ乗組員と変わらんのだと。
地球と人類のメタファーであり陰鬱な戯曲だと。
最後の希望はイデオンだと。

だったんですけど、感想を漁ってる中でこちらの動画を見つけまして。

ほぼ全内容のネタバレとなってるので本編視聴される予定の方はご注意。
内容は「ロシア映画」と言ってたり(字幕にて修正されてます)、MIMAのくだりがちょっとざっくりしすぎてたり引っかかるところはあったんですけど、こちらのレビューがこれだという答えを言ってました。

なんて救いがないんだとおもうんですけど、その、船の中で生活していたひとたちは要所要所で結構幸せそうなんですよね。
不幸の連続だって思いながらも、不幸と不幸の間にはちゃんと幸せがあるんですよ。(字幕:まー人生そんなもんだけどね)

人生のメタファー!
これまですべての『人類』の行く末のミニチュアだと思ってたアニアーラは、また同時に個人の『人生』を拡大したメタファー!
希望があり、失敗があり、小さな喜びがあり、不幸があり、ロマンスがあり、失敗があり、また小さな喜びがあり。というのはなるほどまさに人生。
光を失い死にゆく様はゲーテの「もっと光を」を彷彿とさせます。(「もっと光を」については諸説あるらしいね)
そうみるとあのタイミングでのメダルの授与式なんかも「年老いてから表彰されても虚しい」という意味を見出すこともできます。

人の営みなど無意味。大宇宙すげえ。という感想が先に来がちなアニアーラですが、この映画まるまる一本が一人の人生であると見れば人生とは無意味なのか?という点に立ち返ります。
不幸と不幸の間に幸せがある。この映画のそれは『逃避』にかなり近いようにも見えるけど、途中で脱落せず最後まで生き続けた乗組員たちは何かしらの幸せを見出していたんじゃないでしょうか。
虚無感ばかりが先行しがちな作品でしたが、この考え方でこの映画をかなり実体のある、礎になるものとして捉えることができました。

ところで「祝祭」で曲を流していた印象の強い祝祭DJですが、結構序盤のフッジッサーンフォークダンスのところでもDJやってたんですね。彼は彼で船の騒動はそこそこにずっと作曲をしながら終盤まで残っていたと思うと、ものづくりをする趣味の強さを感じます。


ところで。
まだ原作読んでないんですけど流石古い作品ですアニアーラ。
派生作品がいくつもあるらしいのでまとめておきます。

59年版オペラ:
BBC放送あり?映像見つからず。英語wikipediaに単体記事あり。
https://en.wikipedia.org/wiki/Aniara_(opera)

60年版テレビオペラ:
Youtubeに全編発見(おそらく著作権切れ?)。スウェーデン語。
あと使用曲アルバムをSpotifyにて発見。


プログレメタルSeventhWonderのアルバムTheGrateEscape:
詳細不明。

KleerupのアルバムAniara:
Spotifyにて発見。



13年版オペラ:
ベートーベンのフィデリオとのコラボらしい?詳細不明

18年版映画:
話の軸にしてるやつ。アマプラで見れる。

19年版オペラ:
詳細不明

その他:
Aniaraというタイトルの曲を複数Spotifyにて発見。

うーん面白い。
ぼくが見てこれだけ盛り上がってるのはあくまで派生作品のひとつなので、全体を俯瞰するにはまだまだ何もかも足りてないんですが、映画が突飛なわけではなさそうです。早く原作読みたいなあ。

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