0012-20170521【今週の振り返りと時事ポイント】

今週の振り返りと時事ポイントです。

今回は以下のテーマを取り上げます。

1.沖縄返還45周年 2.中国「一帯一路」構想 3.マクロン大統領就任 4.女性宮家・皇族問題 5.北朝鮮のミサイル開発 6.「ロシアゲート」問題


1.沖縄返還45周年

日本が第二次世界大戦後に連合国による占領を経てサンフランシスコ講和条約によって独立を達成した後も、沖縄は米国による統治が継続されることとなりました。

沖縄は先の大戦時に唯一、地上戦が展開されて米軍に占領された経緯もあり、また当時の国際情勢上、米軍の基地としても欠かせない場所だったためです。

日本が独立した後も日米安全保障条約によって米軍の日本駐留が認められることとなりましたが、この条約締結について日本国内での反対論も大きかったことから、安定的に沖縄の米軍基地を維持することを企図した占領継続でした。

なお、サンフランシスコ講和条約は会議に参加した吉田茂首相を含めた閣僚が署名していますが、日米安全保障条約については、吉田茂のみが署名をしました。

彼以外の閣僚が、日米安保に署名したことによって政治生命の危機を招くことがないよう配慮したものでした。

米軍による統治が継続することとなった沖縄ですが、形式上は「行政主席」を行政の長とする琉球政府を置き、公選議員による「立法院」を設けるなど、一定の自治が認められていました。しかし、最終的な意思決定権はあくまでも米軍・米国にありました。

この米国統治の継続中に、強引な基地拡張、米兵による暴力・暴行事件が多発したため、沖縄住民による「本土復帰(日本復帰)」を訴える抵抗運動が開始されることになりました。

一方、ベトナムへの米軍による軍事介入が拡大していくと沖縄の米軍基地の重要性は、ますます高まっていきます。当時の米国ケネディ大統領は周囲からの沖縄返還の助言を受けても、頷きませんでした。

ベトナム戦争の終結と米軍のベトナムからの撤退を公約に大統領となったニクソンと日本の佐藤栄作首相との日米首脳会談が1969年に開催され、そこで日米安全保障条約の延長と引き換えに沖縄返還が約束されました。

琉球政府は、本土復帰とともに米軍撤退も期待していましたが、施政権が米国から日本に返還されるだけであり、米軍にとっての沖縄の基地は依然として重要性を持つものであったため、米軍撤退は全く考慮されませんでした。

特に沖縄返還にあたっては、米軍のプレゼンス維持を求める韓国・台湾(双方ともに北朝鮮・中国本土との対立があった)からも米軍基地維持に関して懸念が表明されました。

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