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令和4年4月4日4時44分に四ツ谷駅で切符を買う人が2人もいた

「2022年2月22日 22時22分」ではなく、「令和4年」の方を選んだのはなぜか。
知りたいか?

よろしい。ナンシーせきさんの話をさせてくれ。


平成最強のコラムニスト

ナンシー関さん。
1980年代後半から2000年代にかけて活躍したコラムニストである。

多数の著書で、主に芸能人やテレビ番組に関する批評を展開。人の本質を鮮やかにえぐり抜く観察力と表現力は、読んでいてただただ痛快だった。人生で初めて体験した「面白い文章」だった。

さて、ナンシーさんにはこんな著作もある。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』

潜入レポートである。ナンシーさんとしては異色の作品だ。

矢沢永吉のライブ、キックボクシングの試合、毒蝮どくまむし三太夫さんだゆうのラジオの公開放送など、何らかの「マニア」が集まる場所にナンシーさんが赴き、非日常な光景を報じた一冊である。
その中に、「ゾロ目マニアを探して、平成4年4月4日4時44分に四ツ谷駅に行く」章があるのだ。

平成3年3月3日以来のゾロ目。平成3年4月5日の続き目から約1年振りの「数字配列マニア活動の日」なのではないだろうか。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』p.60

最も多くの4が並ぶ切符を求めて、ゾロ目マニアが早朝の四ツ谷駅に来る、はず。ナンシーさんはその可能性に賭け、不安を抱えながらも向かったのである。

四ツ谷駅に行ったらどうなったのか。ナンシーさんはゾロ目マニアに会えたのか。今、それは割愛しよう。
大事なのは、改元だ。

令和4年4月4日。ナンシーさんの調査から30年。
この日、ナンシーさんをリスペクトして、
「令和4年4月4日4時44分に四ツ谷駅で切符を買う人がいるかどうか確かめに行くナンシー関マニア」
が現れるのではないだろうか。そう、私のようなマニアが。

私は行かねばならぬと心に決めた。

整理すると、今回の目的は2つである。
① 令和4年4月4日4時44分に四ツ谷駅で切符を買う人を目撃する
② ①の目的で四ツ谷駅に来る人を目撃する

「私自身がゾロ目の切符を買うこと」は目的ではない。これは強調しておきたい。


切符の仕様変更

2021年12月。
本プロジェクトの実行はこの頃から決めていたが、なにしろ普段の電車はPASMO一択である。紙の切符など何年見ていないだろうか。

事前調査として、JR四ツ谷駅で切符を買ってみた。
すると。

印字が「2021」。元号じゃない。

ナンシーさんの報告によれば、平成4年の当時は「4」と印字されていたという。どこかのタイミングで仕様が変わったのか?
これだと、4月4日に切符を買っても「2022.-4.-4」である。「令和に直すと4年だから、あっ、ゾロ目ってことね」と脳内変換を挟まなければ喜べない表記だ。

いや、4がつく駅は四ツ谷駅だけではない。鉄道界のどこかには、元号表記を守り続ける老舗があるかもしれないじゃないか。
伝統文化の現存を信じて、足を伸ばせる範囲で4がつく駅をピックアップ。

これらの駅を一日かけて回り、切符を買ってみた結果、

全滅。すべて西暦だった。

むしろ2022年なんだから、ゾロ目Dayとしては2月22日の方が強いんじゃないか?
そう思って調べてみたら、鉄道各社が2月22日にさまざまなキャンペーンをやっている。

肥薩おれんじ鉄道

会津鉄道

叡山電鉄

2月22日は「猫の日」として有名だが、今年はニャーの過積載で「スーパー猫の日」などと崇められる始末。

過ぎ去った月日は、西暦と元号の力関係を完全に逆転させてしまったようだ。「今年が令和何年か」なんて、普段は意識していない人がほとんどだろう。
もはや、四ツ谷駅に来る人などいないのでは……?

待てよ。あきらめるのはまだ早い。

①の人、すなわち純粋にゾロ目の切符を求める人はいないかもしれない。しかし②はどうだろうか?
尋常でない早起きをして、中途半端な印字になるのを承知の上で四ツ谷駅に行く。これはもう「ナンシーさんの真似をしたい」マニア、言ってしまえば「ナンシー信者」以外に考えられないだろう。

ナンシーさんも、マニアは苦行を求めるものだと言っている。

辛苦の量をもってその深さとする、それが信仰ではないのか。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』p.60

やはり、行くしかない。
事前調査によって、私の使命感はいっそう高まった。「逆効果」とも言う。


令和4年4月4日4時44分 四ツ谷駅

令和のナンシー関、などとはおそれ多くてとても自称できないが、この日この瞬間だけは令和のナンシー関になれる。

おはようございます。

カメラと財布をコートのポケットに入れて、午前3時半に家を出た。外へ出ると、埼玉方面まで客を乗せて行き都心へ帰る空車タクシーが洪水のように走っている。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』p.62

ナンシーさんは自宅からタクシーで向かったのだが、私は前日入り。四ツ谷近辺のホテルを4時過ぎに出て駅へと向かった。

ってかさ、

雨なんだが。苦行の追い打ちだ。
街歩きパンフレットの表紙かと見まがう艶やかな写真が撮れた。今そんなものは求めてない。

4時15分頃、四ツ谷駅に到着。

誰もいない四ツ谷駅の切符売り場。
自分が平成4年の再現をしているのだと思うと、「チャージ専用」が謎の呪文にしか見えない。現代にタイムスリップした武士の心境まで体験できるとは予想外だった。

そのうちに人が来始めた。
券売機から少し離れて待つ私の前を、一人、また一人と横切る。無表情で、こちらからは見えないが確実に無表情で、PASMOなりスマートウォッチなりを改札にタッチして抜けていく。
ああ、ナンシーさんの報告と同じだ。

ぽつりぽつりと人が来はじめる。サラリーマンや、大学生、5人ほどの主婦グループ(50歳ぐらい)も来る。しかし、誰も「4年4月4日」のスタンプに気づく人はいない。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』p.63

同じどころか、券売機に触れることすらしないよ。
デジタル化によって一段とレアになった「ゾロ目の切符を買う人」を延々と待つ私。それを無視してごく日常的に改札を通る人々。まるで自分だけが取り残されたかのようだ。

いよいよ4時40分を回った。何がいよいよだ。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』p.63

そりゃ自虐的にもなるわな、ナンシーさん。


もはや秒読みと言っていい時刻になっても、券売機は依然として無人のまま。
確か、ナンシーさんのときはこの辺だったんだよな。

やっぱりこの取材は私の思い込みだけで走ってしまった徒労だったのか、と思ったら、来た。
その男性は券売機から少し離れて立ち、左上にある時計を見た。(中略)近くにあった、イオカードについてのパンフレットを取って読んでいる。明らかに「待って」いる様子だ。

『信仰の現場 ~すっとこどっこいにヨロシク~』p.63

そう、ナンシーさんは「ゾロ目の切符を買う人」に会えたのだ。

だが、ここで平成の事例を持ち出しても、虚無な時間が彩られるわけではない。
右から響くゴミ収集車の作動音。左側で間断なく流れるエスカレーターのアナウンス。少し視線をずらすと、数メートル離れた所で私と同じようにたたずむ長身の男性。いや、ウソだろ?

人見知り気味の私が躊躇ちゅうちょなく近づけたのは、あと1分という切羽詰まった状況だったからかもしれない。聞いてみる。

「もしかして、4時44分の切符を買おうとしてますか?」
「それってあれですか、ナンシー関さんの……」
同志だ!

「そうですよね! お話は後で! まず切符買いましょう!」

マンガでしか見たことのない「説明は後よ! 時間が無いの!」に似た空気を感じながら、私とその男性は揃って券売機に足を進める。あれ、私自身が切符を買う必要ってあったんだっけ。いやこの際どうでもいい。

ナンシー関。その名前を出せば説明無用。
完全なる初対面の二人が30年前のレポートでつながり、同時に券売機のボタンを押した。
(同時っつったって、別に「せーの」で声を合わせて押したわけじゃないけど、なんかドラマティックに書きたいから同時ってことにさせてくれ)


【ホテルに戻ってから撮った写真】

買えた。その男性も買えた。


【一緒に切符を買った男性】

ひと息ついてお話を聞いてみる。というか、こちらから聞くまでもなく経緯を語ってくれた。

「2年前ぐらいからずっと、行かなきゃいけないような気がしてたんですよ」

なんと、茨城から来たそうだ。もちろん私と同じく前日入りである。
学生時代、ナンシーさんの本を読んで「なんてくだらないことをする人がいるんだ」と感銘を受け、ずっと心に残っていたという。

「4時40分ぐらいに駅に来たんですけど、(私が)ずっと時計を気にされてたじゃないですか。で、そこで2つに分かれるんですよ。本当のゾロ目マニアか、ナンシーさんの本を知ってて来た人か。どっちかわからなくて声をかけられなかったんです」

私から声をかけてよかった。

二人で駅を出る。ホテルは別だったが方向は同じだったので、ナンシーさんを知ったきっかけなどを語り合った。

「今日が雨ってところがいいですよね。わざわざ苦労してるっていう感じがして。出る前にホテルの窓から外見て笑っちゃいましたよ」

同感です。
いくらでも自分を客観視したくなる労力を注いで、得られる物はちょっと珍しい切符が1枚。そんな人が令和の世に2人もいるんだってさ。微笑ましいよね。
お会いできてよかったです。ありがとうございました。

なお、ナンシーさんのレポートの続きだが、この記事では省略する。興味のある方は図書館などで結末を確認してほしい。


余談

四ツ谷駅での出会いからさかのぼること1カ月前。
私は一応、「2022年2月22日 22時22分」の現場も押さえていた。

その現場とは、2秒で思いついた二子玉川駅。
スーパー猫の日にあやかりたい人々が、

めっちゃいた。

世の中、西暦だわ。


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