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私だけの夏

 夏が終わったらしい。ろくに外に出やしないで過ごした8月は、私の記憶の中で唸りをあげている。液晶に映し出される輝かしい同級生からの通知は、今日も眩し過ぎて見ることができない。数少ない見栄を張った写真を私もポストして、必死に自分を肯定する。私はちゃんと生きている。誰が聞くでもない疑問に、答えを横暴に押し付けて。

 夏は嫌いだ。死を運ぶ暑さでさえ煌めくレジャーのスパイスに成り代わる。私の心さえも燃やせないというのに、理不尽な灼熱の光が肌をヒリつかせる。陰へ逃げても、夜へ逃げても、眩しい光を1度目にすれば虹彩に焼き付いて離れない。私の中で燻る熱が痛みを齎す。喉が渇き、頬はひび割れ、もはや叫び声を上げることさえ出来ぬ。それを透過して笑い続けられるお隣さんは、きっと美しく生きてきたんだろう。
 
 夏が終わったらしいが、私は未だ取り残されている。越し方を誰も教えてくれなかったから。弾む声に背を向けたのは自分なのに、それは未練がましく後ろ髪を引く。

 「なあ、お前だって最初は受け入れられていなかったじゃないか。」

 どうして私だけが一人なんだ。鬱陶しがられてた癖に、どうやって人間を丸め込んだのさ。
 
 「何を今更求めているんだ?」

 お前が望んだことだろう。生き急げと叫んでいたじゃないか。

 私はお前が嫌いだよ。ギラギラした全部を持っていて、冷たさなんて感じさせやしない。みんなへ平等に熱を押しつけて、剰え強烈な思い出を置いていく。やめてくれ。私にまでそんなもの、置いていくなよ。

 「これがお前の夏だ」

 一人で耐え切った暑さを思いだせ。茹だる夏日の悲鳴に耳を塞いだ弱さも、唇を噛み締めて飲み込んだ己の悲鳴の苦みも、全て、全て私だけのもの。お前らには決して渡さない。

 私は未だに夏といる。秋が来たらしいが、どうせ直ぐに冬が来る。そして春が来ればまたお前がやってくる。友人は季節と共に踊っている。色を変えてそれは優雅に、美しく季節を巡っている。だけど私は、私だけはお前と一緒にいてやるよ。

 ひとりぼっちの夏に寄り添うのは、捻くれて霞がかる色しか持ち得ない私で十分だ。

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