真実は、



コナン君が、

「真実はひとつ!」

って言うけど…。



『真実はひとつ!』

じゃあないよね〜。



ひとつ。を指すのは
大きく包んでの【愛】なのかな~?


コナン君は、それをわかっていてそう言ってんのかな?


おい。コナン君。どうなのさ?





魂の数だけ真実はあるんだと思う。


『この世に真実はひとつ。』
だけなら、ちょっとこわいな😅



ー【愛】が真実よー
そう言うのはわかりきっていることで…そういう真実のじゃなくて……。



みんなで一斉に、その[何か]の真実に向かって集合〜!そこに向くよ〜!なんとかってなっても、なんかそれは…どーなんだろう?🧐と感じる。


その真実は、どなたの真実ですか?
って訊きたい。訊く。訊いてしまう。



【こうが真実】ですよったら、
「あ~、はいはい!そうなのですね!」と受け入れちゃうは…「ちょっと待てよ?」としたい。


待てよ。待てよ。
待ぁ〜てぇ〜よぉ〜〜!?
果たして真実は…そうなのか!?

と立ち止まるし。立ち止まりたいね。




☀☕🫖🍵🫙🧋🧊🍧🍦🍮🍰🍘🍡☀



魂それぞれに真実がある。想いがある。

それでいいんだよ。





そして、真実ってのも、段階を踏みながら変わっていくのじゃないのかなー。

自然は変化するものだものね。




「今までは、"こう”が真実だったけど今は違ってみえる。意識の変化もあるけど、もしかしたら”こう"としていたその真実は別の誰かのものだったのかも…。自分の中の真実では無かったのかもしれない…。」

そういうこともあるんだろうな。





自分の中にある真実は、内側を掘り掘りして出てくるものや自覚するものはあるけど。


なんの気なしに話したり聞いたり目にしたり、のほほんとボーッとしている時に不意に突如と浮上して来るものがある。



「あーっ、そうそう、わたしの中にある真実はソレだよ!」
って確かめられる瞬間。


知ろうとしていなくて見つかる瞬間。

知ろうとして動き起こさなくても見つかる瞬間。

普段の会話や状況等から見つかる瞬間。



掘り掘りして発見するときよりも、簡単に軽く見つけられる。




神様、くどいのが嫌い。
シンプルが好き。
延々と長々と、同じことを幾度も話されるのも嫌がる。


そうだから、伝える事も気づける事も見つかる事も、シンプルなのじゃないの?



魂の磨き成長のために、複雑に複雑を重ねまくって複雑の鎧を纏って生きてきて…。


重いのに重いのを気づかなくなるくらいにまた複雑の鎧を増やして…。



いい加減にその鎧もズタボロ。ギシギシしてるし錆びついてる。変なにおいも放ってる。

それに、何と言っても、重い。。。



そんな重いもの。
もう脱いでもいいさ〜〜!


脱いじゃえ!

全部!



素のシンプルに戻ればいいじゃーん?




そうしたら…

自分の真実はクリアにおでまし✨✨✨
しちゃいますよ💕





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