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三国志後伝の挿絵と人物紹介10

三国志後伝にかかる、挿絵一枚につき、該当する人物の人物紹介にいきます。これは20枚ある口絵の10枚目です。
【注意事項】
 1回目を参照

口絵10

祁弘(きこう)字:子猷(しゆう)

年齢:30歳ぐらい
血縁:
所属勢力:晋
智: 5
武:10

呉平定に従軍した後、幽州総管の王浚の大将となっています。長槍の使い手です。関中への援軍として派遣され、劉淵の軍と戦います。当初から、北漢軍から強敵と目されていました。晋漢大会戦の時には、王浚の部下として晋軍に参加し、傑出した武勇を示します。晋全軍の右先鋒となり、劉霊と何度も激しい一騎打ちを行いました。八王の乱において、成都王(司馬穎)・河間王(司馬顒)の軍を大破して、乱を終息させます。北漢との戦いで劉霊と組み打っているところを、劉霊を確実に殺したい王浚によって共々、射殺されました。

張方(ちょうほう)字:子正(しせい)

年齢:30歳ぐらい
血縁:
所属勢力:晋
智: 4
武:10

河間の出身です。呉討伐に従軍した後、河間王(司馬顒・しばぎょう)の牙将となりました。大刀の使い手です。趙王(司馬倫)を討伐する諸王の決起の際に、河間王の軍を率いる大将に任じられ、圧倒的な武勇で趙王の軍を破ります。成都王(司馬穎)からも目をかけられ、大会戦の時には、晋軍の左先鋒に任じられ、王弥と一騎打ちを繰り広げました。八王の乱において、河間王の軍を率い、長沙王(司馬乂)の軍には敗れますが、劉沈・張光の軍を破ります。後に、東海王(司馬越)との戦いで戦況が不利となり、講和を望んだ河間王によって、暗殺されました。

陸機(りくき)字:士衡(しこう)

年齢:20歳
血縁:陸遜の孫、陸抗の四子、陸晏・陸玄の弟、陸雲の兄
所属勢力:呉→晋
智:8
武:3

幼い頃より優れた才能を見せ、文章・兵法・儒学において、特に傑出したものを持っていました。張華に見出され、東宮長史に任じられます。趙王(司馬倫)の政権でも用いられました。経筵諫議(けいえんかんぎ)となり、斉王(司馬冏)・成都王(司馬穎)の推薦によって、北漢との戦いにおける司令官となります。晋漢大会戦では晋軍全軍を用いて、混元一気(こんげんいっき)の陣を布きました。戦いそのものは、北漢軍有利に終わりましたが、講和まで持ちこたえています。八王の乱では、成都王の謀主として軍を率いましたが敗北し、讒言により、成都王に処刑されています。

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