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『通俗二十一史』とその現代への影響について

1 『通俗二十一史』について

先日、お話した『三国志後伝』の江戸時代に行われた日本語翻訳である『通俗続三国志』、『通俗続後三国志』を含めた、戦乱を扱った講談小説(「通俗軍談」や「軍書」というらしいです)を集めて、明治時代に早稲田大学出版社によって、出版された全集が『通俗二十一史』です。

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現代では、忘れ去られて感がある作品群ですが、実は、近年の小説や歴史解説書にも大きな影響があります。

その原作と影響を与えた作品への一覧を、私が知っている限り、ここに記載します。

2 タイトルと原作、創作作品への影響

第一巻
『十二朝軍談』(太古より殷末に至る)※太古とは神話時代
原作:『列国前編十二朝』
影響:河出書店『新釈・十八史略』の序盤が、中国の神話時代を歴史と扱っており、この作品の影響があると感じられます。これは詳細に調べていないため、別に出典があるのかもしれません。

『列国志前編(武王軍談とも)』(武王より春秋に至る)
 原作:『春秋列国志』
 影響:原作は『封神演義』にも影響を与えていると思われる部分が多いです。『封神演義』を読まれた方なら読み比べるのも面白いかもしれません。雑誌の名前は忘れましたが、歴史雑誌の記事で太公望を扱ったもので、これをベースにして、妖術の話を抜いて、太公望の活躍を説明した記事を見たことがあります。

第二巻
『列国志後編(呉越軍談とも)』(春秋より始皇帝に至る)
 原作:『春秋列国志』
 影響:これからとったものではないでしょうが、安能努『春秋戦国志』はこれとベースが同じ原作からとり、それをベースにしたものと思われます。

『漢楚軍談』(漢楚両雄の戦乱記)
 原作:『西漢演義』
 影響:電子書籍による出版、『四面楚歌』という現代語への翻訳が存在します。また、横山光輝『項羽と劉邦』の原作です。『通俗三国志』に次に人気があったことが分かっています。
数十年前の研究者にすら、略奪ばかりしている項羽と無能ものの劉邦というイメージを植え付けてしまった功罪がある作品であります。

第三巻
『西漢紀事』(前漢二百年の治乱記)
 原作:『全漢志伝』、『中興伝誌』、『資治通鑑』の翻案
 影響:確認できていません。

『東漢紀事』(後漢の一統)
 原作:『全漢志伝』、『中興伝誌』、『資治通鑑』の翻案
 影響:確認できていません。やる夫『光武帝』の作者は読んでいたようですが、取り入れてはないようです。
第四巻
『三国志上』(東漢末より)
第五巻
『三国志下』(晋の一統記)

 原作:『三国志演義(李卓吾本)』
 影響:いわゆる『通俗三国志』です。電子書籍版も存在します。吉川英治『三国志』、柴田錬三郎『三国志』の原作です。現代の『三国志演義』の翻訳はいずれも「毛本」と呼ばれるもので、これとは少し違います。

第六巻
『続三国志』(晋の武帝より懐帝まで)
第七巻
『続後三国志前編』(懐帝より晋の滅亡まで)
『続後三国志後編』(東晋元帝より成帝まで)

 原作:『三国志後伝』
 影響:『繪本通俗続三国誌』というタイトルで明治時代に挿絵つきで再版されています。

『通俗戦国策』
『元明軍談』
 原作:『戦国策』
 影響:『戦国策』を当時の有名な儒者が分かりやすく翻訳したものです。現在の『戦国策』の翻訳につながるものであるでしょう。


第八巻
『南北朝軍談(前編)』(懐帝より晋の滅亡まで)
『南北朝軍談(後編)』(東晋元帝より成帝まで)

 原作:『梁武帝西来演義』
 影響:田中芳樹『奔流』において参考にされています。『長江落日賦』でも参考にされていたかもしません。内容に大きな影響を与えた形跡はありませんが、『アルスラーン戦記』に同じような描写があり、これを参考にされたのかもしれません。

『隋煬帝外史』(南北朝末より隋末まで)

 原作:『煬帝艶史』
 影響:確認できていません。

第九巻
『唐太宗軍談』(唐の天下一統軍記)

 原作:『唐国志伝』
 影響:小前亮『李世民』のベースとされています。『新旧唐書』や『資治通鑑』よりこちらが中心です。

『唐玄宗軍談』(唐初より代宗に至る)

 原作:『資治通鑑』、『長恨歌伝』、「楊太真外伝」など
 影響: 井上靖『楊貴妃』は参考にしたかもしれませんが、原作が同じだけかもしれません。

第十巻
『五代史軍談』(唐末より宋初に至る)

 原作:不明
 影響:まず、ないでしょう(笑)。これを読むなら、続国訳漢文大系の『資治通鑑』をそのまま読んだ方がいいです(笑)

『宋史軍談』(宋の天下一統軍記)

 原作:『南宋志伝』
 影響:元は『楊家将』の一部であるだけ、途中までなら間違いなく、通俗二十一史の『三国志』を除いた最高傑作です。小前亮『趙匡胤』に影響あるかもしれませんが、未読ですので分かりません。

第十一巻
『両国志(岳飛軍談)』(宋金両国の戦記)

 原作:『大宋中興通俗演義』
 影響:田中芳樹『紅塵』の回想で語られる抗金名将の話は、こちらをベースにしたものです。岳飛の強さが痛快で、私としては田中芳樹先生には、『説岳全伝』よりこちらの方を翻訳して欲しかったです。

『鴉片戦志』(清王朝の阿片禁令から阿片戦争の顛末まで

 原作:不明です。
 影響:不明ですが、どうも清王朝の宣伝文書のようで、清の軍人や文官がかっこよく、イギリス軍を多数討ち果たして、善戦しており、清王朝が民を苦しめないために講和してあげたことになっており、どこかの商人がイギリス相手に必勝の「虎尾陣」を編み出したことになっています。陳舜臣『阿片戦争』と読み比べると面白そうです。

『宋元軍談』
 原作:不明です。
 影響:田中芳樹『海嘯』にかなりの部分が転用されており、むしろ、原作といってもいいぐらいです。出典が不明なため、日本人が中国で正史をもとにして書いた説がありますが、完成度がとても高く、現在では失われただけで出典はあるもの、あるいは翻訳したとされる源忠孚という人は優れた才能の持ち主だったと思います。

第十二巻
『元明軍談』
 原作:『皇明英烈伝』
 影響:これは比較的知られた講談小説の翻訳です。私も郭英の出番が多すぎる上に、聞いたことのある武勇最強を読んでいて不思議に思っていました。 小前亮『朱元璋』に影響あるかもしれませんが、未読ですので分かりません。

『明清軍談』
 原作:不明です。
 影響:不明です。これは読んでいて全然ピンときませんでした(笑)

おすすめできるものは、『漢楚軍談』、『三国志』、『宋史軍談』、『宋元軍談』です。

講談小説なら漢文でも読みたいという方は、『列国志』、『続三国志』、『唐太宗軍談』、『両国志』が現代でも途中までなら読めるレベルではあると勧めます。

他は余程好きな方以外は、現代語翻訳を読まれるか、正史・資治通鑑の翻訳もしくは原文に先にいかれることをお勧めします。

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