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「視覚障害者」のビブスを着けて始めて走る。

やろうやろう。
って思いながら、なかなかやらないってことありますよね。
今朝、そのうちの一個をやりました。

それは、
「視覚障害者」と印刷されたビブスを着けて、
「伴走者」というビブスを着けた人と、
走る。
ってやつで。
古い付き合いになる地元の友達にお願いして、
彼は今日は休みの日だったんですけど、
ワタシは学校に行く前だからってんで
朝の5時半に江戸川の土手の上で合流して、
約6.5キロを走りました。
久々すぎますから本当にゆっくりなんですけどね、
恥ずかしいってくらいの汗をかいて走ってきました。
走らせてもらった。
というのが正解な感じがする久々の爽快感でした。

去年の6月だったかと思います。
視力と共に視野も削られてしまって、
白杖を持って歩くようになりました。
見えない。
ってわけではないんです。
見えてはいます。
でも、
白杖を持つ以前のワタシや健常という表現の範囲にある視力がある人が
全くなんの気なしに意識もせずに、
回避している事故のリスクってやつを、
回避できない危険があることをしっかりと自覚する視力。
それが白杖を持つということなんだろうと思います。
で、
そうでした。
(危険だな。)
って思ったらから白杖を持つと決めた。
という感じだったのがもう1年以上も前になるんですね。

それからは走れてないんです。
スロジョグとかって歩くスピードで走るとかはたまにやります。
それで汗もかけます。
でも、
走るってのと同じではない。
近いのですけど、
違う。

今日のやつは、
以前のようなスピードではなく遅いんだけど、
紛れもなく、
間違いなく
走った。
増田明美も瀬古利彦も多分、
「これはこれで、、ま、走ってます。」
って解説してくれるやつ(^^)

(走れるわ。)
って思ってですね。
(嬉しいな。)
って思ってですね。
(ありがたい)
って、
思いました。

この
(ありがたい)
って感情はなんなのかな?
ってことをちょっと考えたんです。
ちょっとじゃないかも知れません。
数ヶ月前には見えなくなるかも知れない恐れを抱えていた自分がこうして走れてるってことの
(ありがたい)感覚に浸りながら、
付き合ってくれた
(ありがたい)友達と別れたあと、白杖をつきながら家まで歩いて帰る時間。
帰ってシャワーを浴びる時間。
学校に向かうバスと電車の時間。
この
(ありがたい)
には何かある。
(なんなんだろう?)
この
(ありがたい)
感覚は?

これは感じたり思ったりじゃなくて、
考えたんです。
それは、いっぱいある
(ありがたい)
を整理しなさいって自分が自分に課したお題のようでもありました。

ワタシが今まで参加してきた数十回のマラソン大会で見てきた、
「視覚障害者」と「伴走者」が一緒に走る姿というのは、
手首が繋がってるんです。
ゴムなのか紐なのかで。
繋がってる上で一緒に走りながら伴走者の方が声で案内をしている感じ。

ワタシの場合、
そこまでの必要がありません。
今日はその友達の後ろを走ったり、
広い道に出れば彼の横を走ります。
というか、
走れるんです。
で、
走りました。
それで十分に事故を回避できる。
くらいの視力がワタシにはあるということでもあります。

でも、
だからといって、
ひとりで走れるかといえば自覚的に難しい。
難しいというのは、
怖いんです。
誰かに何かにぶつかっちゃうんじゃないか?
って。

でも、
「伴走者」の友達が横にいて、
「視覚障害者」のビブスを着けたワタシは、
怖くないんです。

この感覚がなんなのか?
それが
(ありがたい)
ってやつを整理する答えなんじゃないか?
って。

(ありがたい)友達が横にいてくれて、
声をかけてくれる。
その声も一緒に走ってくれるその気持ちも
(ありがたい)
これに、
まだ重要なことがあるはずだと考えた過程から理解したんです。
それご、

ビブス【びぶす】

あれだな。
って。
あいつがオレの恐怖感を和らげてくれてる。
(そっか。)
(ビブスだな。)
(あいつだ。)
って。

今日、
6.5キロ。
友達と2人で、
江戸川を走り、
いったい何人の人とすれ違ったか。
10人?
20人?
30人かな?

わからないのですけど、
ちゃんとわかるのは、
その全ての人たちが、
ワタシの友達を
「伴走者」だと認識し、
ワタシを
「視覚障害者」だと認識した。

だから、
避けてくれるし、
気にしてくれるし、
気をつけてくれるんですよね。

日常の白杖もそうなんです。
みんな、
気をつけてくれるんです。

(これだな。)
って腑に落ちた。
考えたことで。
(ビブスだな。)
って。

これ、
ちょっと、
(特権だな。)
って思ったんです。
こっちは考えたわけじゃなくて感じて思って想った。

(みんなだって、いろいろあんのにな。)
って。

今日、
江戸川の土手ですれ違った
10人?20人?30人?
みんな、
それぞれ、
いろいろあるよな。
きっと。

いろいろの種類とか濃淡とかレベルとか、
そりゃそれもいろいろでしょうけど、
ビブス着けてそれを現すことなんか出来ない。
出来るわけない。
小学生ん時だったらちょっと熱があれば、
大袈裟にぼーーっとした顔してみたり、
肉のない晩ご飯なら如実にふてくされた顔をしたり、
あれもビブスっすよね(^^)
顔に堂々と書くやつ。

でも、大人なったらそんなんしない。
しちゃいけない。
なんなら、出すんじゃない!
って怒られるから隠さなきゃいけない。
でも、
本当は、
学校とか職場とか
なんなら家庭でも、

(ビブス着けたい。)
(知って欲しい。)
(声かけてくれなくて良いから理解して欲しい。)
って。
思うよなぁ。
って。

だから、
知ってもらえる。
理解してくれる。
声かけてくれなくて良いから、
わかってくれてる。
それが
(ありがたい)
ってやつなんだな。
って。

素敵な黄色のビブスなんです(^^)
ワタシのやつ。
2000円でした。
ネットで買いました。
伴走者と視覚障害者のとで2枚だから、
4000円。
人に理解してもらうものが、
素敵な色のやつで4000円で買える。

この特権を活かして、
着けてるんだか着けてないんだか、
無色透明で
ネットにもスポーツショップにもどこにも売ってない、
ビブス。
本当は着けたくても着けられない、
たまには思い切って着けたけど誰も理解してくれない、
そんな、
ビブス。

それが
見える治療家でありたい。
そんなことを感じたり思ったり想ったり、
考えたりまでしてみた今日は、
生まれて初めて
ビブスを着けて走った日。

(ありがたい)
そんな日です。


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