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【危機管理広報関連】㈱ジャニーズ事務所の謝罪動画について、危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)視点での考察

毎日いろんなことが起こるので、すでに随分前のことのように感じてしまうのですが、2023年5月14日にホームページ上に掲載された株式会社ジャニーズ事務所 代表取締役社長 藤島ジュリーK.さんの謝罪動画について、
危機管理・危機管理広報の専門家の一人として考えたことを書いてみます。
 
この謝罪動画に至った経緯については、すでに新聞、テレビ、インターネットメディア、そしてきっかけとなった週刊文春などで詳細に報道されていますので省略します。また謝罪動画公開からすでに3週間ほど経ちますので新たな展開も出てきていますが、今回は初動対応=謝罪動画関連のみにフォーカスします。
 
今回ホームページ上で公開された謝罪動画と寄せられた質問への回答の方法については、各メディアに掲載された外部専門家のコメント、そしてSNS等での反応はおおむね批判的でした。
批判されたポイントは大きく以下の3点に集約できます。

(1)   直接メディア記者との対面の記者会見を行い、説明と質疑応答を行うべ
        きだった。
       →ホームページのみでの対応は「逃げている」というネガティブな印象
(2)   今後、外部の有識者による第三者委員会を設置し、客観的な視点で詳細
  な事実関係の検証を行うと発表すべきだった。
(3)   掲載された問答集は、丁寧な言葉で書かれているが、「知っていたか」
       といった核心の部分は曖昧な答えに終始していてわかりづらい。

この3点については私もまったく同感です。5/26に日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見をした俳優・ダンサーの橋田康氏(元ジャニーズ jr.)も、質疑応答の際に同様の意見を答えていました。
そのうえで、危機管理広報の視点で一歩進めた内容の話をします。

最初に、私は過去に芸能事務所の危機対応のアドバイス経験はありませんし、芸能事務所のビジネスについても一般的な知識しかなく、そして過去にジャニーズ事務所のタレントのファンであったこともありませんので、中立的、客観的な立場であることを付け加えておきます。もちろんジャニーズ事務所の方とはまったく面識がありません。
 
私自身過去の様々な事件・事故・不祥事(=危機事例)の初動対応(謝罪会見など)について、外部専門家(=危機管理・広報コンサルタント、公益社団法人日本広報協会・広報アドバイザー)としてコメントを求められたことがあり、いくつかはインターネットメディア等で紹介されました。

その際に、一番困ってしまうのは、その危機事例の当事者(当該企業、団体、大学、個人などへの実際の危機対応アドバイス・指導に関わるなど)ではないという点です。
例えば謝罪会見での発言内容や態度が大きな批判を浴びて、インターネットやSNS等で炎上に至ったような失敗の謝罪会見でも、それに至るまでの準備段階でどのような話し合いがあったのか、謝罪会見に外部専門家(危機管理広報のコンサル会社、PR会社、広告会社、個人コンサルタント、弁護士など)の指導があったのかなどが表に出ることはまずありません。
外部専門家はクライアントとの守秘義務がありますし、当該組織のスタッフ等から情報が洩れるとすれば、それは内部告発の形になるでしょう。

従って、一般的に外部専門家がコメントできることは、危機管理や危機管理広報に関するきわめて当たり前の原則論しか話せないわけです。実際にどのようなやり取りがあったのか、具体的な点は推察するしかない。もしアドバイス等に関与した当事者であったらコメントをすることはまずありませんので。
 
今回の謝罪動画等の一連の対応でも、明らかになっていない点は以下です。実はこれが一番重要で、過去の数多くの危機事例の謝罪会見等の検証でもいつも不足している部分なのです。

(1)   外部専門家の関与の有無
1.     外部専門家に対して依頼があり、外部専門家が危機対応の具体的なアド
  バイスを行った。
2.     外部専門家に依頼せず、組織(今回の件ではジャニーズ事務所)内部の話
  し合いで独自に危機対応を行った。
 
(2)謝罪会見をしなかった理由について
1. の外部専門家の関与があったと仮定した場合、今回のケースで謝罪会見を
 開かなかったパターンとしては以下のABC3つのどれかになります。

A=ジャニーズ事務所側は謝罪会見の実施を予定していたが、外部専門家の
 アドバイスによって実施を見送り、ホームページ上の謝罪動画と問答の掲
 載を行った。
B=外部専門家は謝罪会見の実施を提案したが、ジャニーズ事務所側が拒否
 して、ホームページ上~(以下同)。
C=ジャニーズ事務所側も外部専門家も、謝罪会見を開くべきではないとい
 う意見で一致し、ホームページ上~(以下同)。

第三者委員会を設置しないという決定も、上記のABCと同様です。

私自身、過去~現在に至るまで約25年間、中央省庁、自治体、企業、病院などで数多くの危機管理広報に関する研修、講演、模擬記者会見トレーニング、マニュアル作成等の講師を務めてきました。来月7月にも、自治体の研修施設で講師をします。

そして実際の(謝罪)記者会見等、危機発生後の初動対応のアドバイスと資料作成などの活動も何件か経験しています。危機対応は、事件・事故・不祥事の発生というマイナスから始まるので100点満点の対応というのは困難ですが、少なくとも上手く対応できなかった(批判や炎上)ことはありません。

平常時の準備活動である研修や講演等では過去(できるだけ新しい)の危機事例についての検証も講義内容に入れてきましたが、実際は上記のABCのパターン等が不明なのが残念な点です。ABCのどれかがわかっていればより具体的で実践的な検証と提言が可能になるのですが・・・
 
ここからは仮定の話ですが、もし今回の危機対応において、ジャニーズ事務所から危機管理広報アドバイスの依頼が個人事業主の私にあったら・・・私ならどのようなアドバイス、指導をしただろうかを述べてみます。
 
これは明快です。
私ならまず時間をかけて様々な観点からのヒアリングを行ったうえで、(いろいろな事情があるとしても)「謝罪会見をするべき」とアドバイスします。
そして、私が過去に自治体や企業、病院等で行った「模擬謝罪会見トレーニング(以下:トレーニング)」の実績と効果を説明したうえで、同様のトレーニングを1回場合によっては2回実施するように提案(提案のみでなく実行するように説得)します。

トレーニング方法の詳細は省略しますが、架空の危機事例シナリオを発表。想定問答集を作成してもらい、会議室等を実際の会見場と同じレイアウト(ひな壇とスクールスタイルの座席)にし、複数の記者役(実際の記者ではなく外部専門家+クライアント側の社員など)も記者席に座り、実際と同じように厳しい質疑応答を行います。
そしてその様子をすべてビデオに撮影して、プレイバックし講師が検証します。特に「発言内容、発言態度のまずい箇所」を中心に指摘し、どのようにすべきだったかを説明。

多くのメディア記者を前にする謝罪会見は、誰でもやりたがらないのが普通ですし、よっぽど高度なスキル(度胸、冷静さ、スピーチ力など)を持った人以外は、「失敗したらどうしよう」との不安感を持つのが当たり前です。
これをある程度克服して少しでも慣れて、本番に臨む唯一の方法は、事前のトレーニングの実施です。
 
この「模擬謝罪会見トレーニング」(総称してメディアトレーニングと呼ぶこともあります)に関して、SNS等でまれに「事前に謝罪会見のトレーニングなんかを行うのは変だ」といった投稿を読むことがあります。しかし、このトレーニングは絶対に必要で効果があると断言します。
例えてみれば、ゴルフの練習場で1球も打たないで、突然ゴルフコースでプレイするようなものです。プロ野球でいえばキャンプの練習無しでいきなり開幕を迎えるようなもの。スポーツに例えればわかりやすいでしょう。

そして実際の謝罪会見と同様、トレーニングでも長い時間のかかるのが、メディア記者(役)と登壇者(社長など)との質疑応答のパートです。過去の謝罪会見の実例でいえば、最初の説明が10分くらい、その後の質疑応答が2時間に及ぶなどはざらにあります。
トレーニングではさすがにそこまで長くはしませんが、それでも30分くらいは絶対に必要ですし、想定質問の量からすれば1時間くらいはやっておいたほうがよいでしょう。同じ時間またはそれ以上にビデオプレイバック検証に時間がかかってしまうのですが。
 
想定問答集は、会見準備で最も重要なものであり、まずは想定質問を、どれだけ多く、かつ内容別に整理できるかは、外部専門家の指導スキルにかかっています。
過去の様々な謝罪会見での質疑応答(YouTubeのアーカイブ映像なども参考に)の知識、危機事例に関わらず実際の記者会見(メディア対応)の経験が豊富な専門家を起用することが求められます。もちろん回答の内容については弁護士等のリーガルチェックも必要です。ただし、謝罪会見は「法廷」ではないので、法律論を第一に答えると「では道義的、社会的な責任はどうなんですか」と追加質問されるのがよく見られる光景です。弁護士だけではなく、広い意味でのコミュニケーションの外部専門家を入れる必要があるのです。
 
本件に関しては、今後も新たな情報が出てきたり、新たな展開の可能性もありますが、少なくとも危機管理広報の初動対応(残念ながら成功例とは言えない)として、 自治体、企業、団体、学校、病院などの組織や芸能人等の個人は教訓として学ぶべき事例だと思います。「何をすべきか」「何をしてはいけないか」を。

危機管理・広報コンサルタント 平能哲也ホームページ(ワードプレスで作成)


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