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ニックの一番長い日

               Ep.0 受難


 僕の名はニック、しがないフリーライターだ。
 きょうは、とある山の中にある、廃屋となってからもう長い、それでもしつらえは随分立派な屋敷の調査に来ていた。クライアントはオカルト系の三流雑誌。おおかた、そういう怪異のがらみの噂を聞きつけて、ネタにしようと意気込んだのだろう。僕はオカルトにはまったくといっていいほど鈍く、かつ向こうの金払いも悪くなかったので、必要な道具だけ取り揃えて、意気揚々と愛車に飛び乗った。


 雲行きが怪しくなり始めたのは、車が山の中腹に差し掛かった頃合いだった。そう古くない筈の僕のヴォグゾールが、突然ぐずり始めたのだ。
 そのときは偶然通りがかった小型トラックのおじいさんに助けてもらって、どうにかなりはした。ただ、屋敷に向かうと僕が言ったら、おじいさんはいい顔をしなかった。
「お前さん、幾つだい」
「ことし、27になります」
「そうかい。ま――若いうちしか無茶はできんからな」
「……それは、どういう?」
「忘れてくれ。あまり話したくない……それと」
 おじいさんは声を潜めた。
「屋敷では、『訊かれたこと以外には答えるな』。いいな?」
 強い語調に、僕は思わず頷いた。おじいさんの背中を見送りながら、僕は薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。


 けど僕は屋敷に着く頃にはおじいさんの忠告なんかすっかり忘れて、ニコン片手に浮き足立っていた。だってその屋敷ときたら、『バイオハザード』にでも出てきそうなくらい雰囲気たっぷりだったから! 根っからのオタクナードである僕は、とにかく興奮していた。
 両開きの玄関扉は存外に固かったが、力を込めるとどうにか開いた。ゲームのロード時間みたいだ! 僕は勝手に興奮した。逸る気持ちを抑えきれず、内部なかのタイル張りへと一歩を踏み出す。



 そして、こちらを睨む無数の生首に、その視線に、対峙した。








(Ep.1 「かりそめの宿」につづく)

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