ラテンアメリカ経済の2016年の回顧と2017年の展望

ラテンアメリカ主要国の2015年後半から16年にかけての域内の政治経済状況をざっくりと5つのパターンに分類してみた。そのうえで、各国統計機関・中銀のGDP成長率予測(2016年、17年は予測値)を交えながら2016年の政治経済の振り返りと2017年の見通しを以下簡単に記した。なお、中米諸国は国数が多いことと、キューバは見通しを発表していないので指標は省略し、定性情報のみ記載した。

1.良くも悪くも米国の影響を強く受けたメキシコ

 メキシコ:2015年の実質GDP成長率は2.5%のプラス、16年は同2.0%〜2.6% 国家統計地理統計局予測。

 2017年予測
実質GDP成長率(%) 2.0〜3.0
消費者物価上昇率(%) 3.6
経常収支(億ドル) △334

対内直接投資(億ドル) 290

(出所:GDP予測のみ大蔵公債省、他は中銀による民間アナリスト予測取りまとめ)

 米国景気の回復を受け、経済は堅調に推移していたメキシコだったが、2016年後半はトランプ効果によるペソ安に見舞われて第3四半期減速。ペソ安および米国の金利引き上げにより、メキシコも指標金利の連続引き上げを強いられたことから2017年の消費への影響が懸念される。消費以外でも、経済・財政の先行き不安から固定資本形成のマイナスが2016年に顕在化。2017年は回復に転じると政府は楽観的だが、トランプ新政権がNAFTAを脱退、見直しいずれを選択するかにより為替が大きく動き、工業製品の輸出や景気に影響が出そう。進出日系企業のうち自動車部品メーカーはドル建てで取引しているところが多いので貿易面では軽微というところも多いだろうが、ドルにリンクする債務の割合の高い企業はペソ安が進行すると苦しくなろう。なお、現ペニャ・ニエト政権の支持率低下と急進左派のオブラドール氏の人気上昇により、反米、対中国(あるいはブラジル?)接近の萌芽が気になるところ。

2.中米もトランプ新政権の政策変化に留意。キューバの「大化け」は考えづらい

 中米、カリブは原油価格下落の恩恵と米国居住者からの送金で好調だったがトランプ政権の移民政策が気がかり。キューバもトランプ政権の出方が気になるが大きな変化はないのではないか。

 原油安によるエネルギー輸入コスト低下のメリットを享受した中米諸国だが、実は米国居住者からの送金額増加も2016年の好景気の背景となっていた。トランプ新政権の移民政策が2017年以降の懸念材料だが、短期的にドラスティックな改革を行うと米国自体が困るはず。

 キューバについてはトランプ政権の発足により、制裁緩和の進展が止まる可能性があるが、どのみち経済政策の解除は現国家評議会議長のラウル・カストロが議長を退く予定の2018年ごろではないかと言われていたのであまり影響はないかもしれない。米国との関係改善で注目されているキューバだが、投資ブームが起きるのはまだ先とみる。インフラ投資の一部は実行に移されるだろうが、経済制裁解除が実現しておらず、キューバが社会主義を堅持している現状では、キューバ政府が国の発展や国民への財の供給に資するとみられるセクターのみ外国企業の投資が認められるため、多くの外資系企業がメリットを享受できるわけではない。経済全体に影響を与えるという意味で期待されるのは米国観光客が激増しそうな観光セクターくらいか。

3.メルコスールの2大大国ブラジル、アルゼンチンは足踏みか。本格的な回復は17年の4Q以降との見方多く。

3.1 ブラジル:2015年はマイナス3.8%。2016年はマイナス3.4%見込み。

 2017年予測
実質GDP成長率(%) 0.5
消費者物価上昇率(%) 4.9
経常収支(億ドル) △254
貿易収支(億ドル) 469
対内直接投資(億ドル) 700

政策金利(SELIC)  (%/年 2017年末の予測値) 10.5

(中銀による民間アナリスト予測とりめとめ12月23日版より)

対内直接投資(億ドル) 700

 ブラジルは、2014年末以降、中国経済の減速、米国の金利引き上げといった資源国共通の対外不安要因に加え、16年8月末まで政治の混乱という国内要因が景気を下押ししていた。しかし8月31日のテメル政権の発足を境に、同年9月以降、政治リスクは解消に向かい、10月には指標金利の引き下げが4年ぶりに実施され(11月も連続して引き下げ)、小粒ではあるが景気刺激策を打ち出せる(12月 FGTSという企業が労働者のために積み立てている退職金の引き出しを認めたり、クレジット金利を引き下げたりする等)状況にはなってきた。

  金融市場関係者が懸念する財政問題も、憲法改正を伴う歳出削減に関する法(2017年以降20年間、歳出増加割合が前年のインフレ率を超えることができないようにする)が国会を通過したことで財政破綻の懸念を払拭した。今後は、財政改善を確かなものにするため、現行の過度な社会保障を削減するための改革が必要となる。

  2018年は大統領選挙があることから、現政権としてはなるべく2017年内に改革を終わらせたいところだが、歳出を制限する法律よりはるかに難易度の高い改革(国民の生活に直結する度合いが高いため、政権支持率との兼ね合いでどこまでできるか・・・)ゆえ、2017年に改革が実際に国会を通過するかについては微妙なところだ。ルセフ政権時代の国家のビジネスへの過度な介入がもともと高くない競争力をさらに相対的に低下させた反省をふまえ、深海油田開発におけるペトロブラスの介入度合いを低くしたり、過度に労働者寄りとなっている労務関連法の改定など、テメル政権は前政権の「聖域」にメスを入れ始めており、産業界からは好感されている。

  しかし、早期に景気回復が実感できないままではこれら改革は、低い政権支持率を下押しすることにつながりかねず、国会における与党連合の結束力を弱めるリスクも秘めている。また、もう一つのリスクは大手ゼネコン(オデブレヒト社)関係者の司法取引(政界への贈収賄事件に関係した同社の容疑者が減刑のかわりに証言をすること)による現政権とくにテメル大統領自身への波及だ。この政治面でのリスクはテメル政権の基盤を根底から揺るがしかねない状況となってきている。

  為替については、国内の改革の進捗=レアル高要因、海外とくに米国の金利政策および国内の政治的リスク要因(上記)=レアル安要因として意識され、どちらを市場関係者が重視するかが2017年前半の対ドルレートの主な変動要因となろう。

  短期的に経済が回復するシナリオとしては、鉄鉱石価格をはじめ、資源価格の上昇シナリオがはっきりするケース以外は考えづらい。また、中国経済の先行きは資源需要のみならず短期資金の新興国からの引き揚げのトリガーにもなりうるということは意識しておくべきだろう。ブラジル中銀の指標金利引き下げ効果により、国内消費と設備投資が上向くのは2017年の第4四半期以降とみる向きが多くなってきている。失業率の回復はさらにその後となろう。

3.2 アルゼンチン:2015年2.5%プラス、2016年1.8%のマイナス。
2017年予測
実質GDP成長率(%) 3.5
消費者物価上昇率(%) 12.0〜17.0
経常収支(億ドル) △193

(出所:IMF、経済財務省) 

  アルゼンチンも従来の急進左派政権(2003年〜ネストル・キルチネルおよび後を継いだ夫人のクリスティーナ・フェルナンデス・キルチネル政権)時に、投資不足、メンテナンス不足で劣化したインフラの更新需要、新規整備需要の大きさが海外企業の間でも注目を集めている。

  しかし、前政権の負の遺産でもある公共料金の抑制策を転換し、そのため公共料金が急激に上昇したことを背景としてインフレが高水準で推移している(2016年は39%になると予測されている。2017年も民間エコノミストは平均で20%前後の予測が多い)のが懸念材料。インフレの高止まりはマクリ政権への支持率低下の主因。外貨準備もブラジルほどの水準ではなく、為替も先安感が強いことから、売り上げがペソ建てとなるインフラ投資に対してまだ海外の企業は及び腰であり、インフラ投資が本格化しているとは言い難い。

 2017年は中間選挙があるため、それまでにどの程度マクリ政権が経済を回復させられるかがポイント。2016年12月26日にはプラットガイ・経済財務大臣を交代させ、17年からは大蔵省と経済省の2つの省でそれぞれ財政再建と経済回復に特化させ効果を上げたい構えだ。今までは少数与党ながら野党の一部と協調してきたが、景気回復期待が繋ぎ止めているこの協調体制を維持できるか、早期景気浮揚がカギ。貿易構造は、とくに工業製品(自動車中心)でブラジルの国内市場の影響を受けやすいものとなっており、2016年11月に久しぶりに自動車輸出(ほとんどブラジル向け)が前月比でプラスに転じるなどブラジル市場の底打ちで一息ついたばかり。当面は大豆、小麦、トウモロコシなどの食糧資源および原油価格上昇に期待するしかない。

4.ベネズエラ経済は厳しさ増しそう

 経済政策の転換はなされず、資源価格下落の影響を依然として強く受けている国の代表がベネズエラだ。

ベネズエラ:2015年6.2%のマイナス、2016年10%のマイナス。

 2017年予測
実質GDP成長率(%) △4.5
消費者物価上昇率(%) 1,660
経常収支(億ドル) △27

(出所IMF WEO10月)

 2016年はマドゥロ大統領が就任してからちょうど任期半ばにあたった年であった。任期半ばが経過した時点で有権者の20%以上の賛成でリコールが成立する。しかし、就任してから4年(2017年1月9日)までに罷免のための投票が実施されれば直接投票による選挙を行うことが可能だが、それ以降となると副大統領が残りの任期を担当する。すでに現時点で1月9日までの罷免投票は難しいため、2017年は副大統領が政権を引き継ぐ可能性がある。しかし、いずれにせよチャベス〜マドゥロ政権の経済政策を踏襲するとみられるため、現在の混乱は引き続き継続する可能性がある。野党もあまりの経済の惨状をふまえ、今政権をとって国民からの評価を下げるのを避けたい模様で与党に反対を続けるもずるずると引き延ばして次の選挙に賭けるとの思惑がみられる。

 経済面に目を移すと2016年11月以降、闇レートの急落が激しく、すでにハイパーインフレ化しているがこれが来年はさらに悪化する可能性が高い。ハイパーインフレの短期的な収拾策としては為替を固定することがあるが、外貨準備高の水準(正式な発表はないが100億ドルちょっとしかないとの説も)をふまえるとそれも厳しい。イデオロギー上、IMFを敵視している急進左派政権が何らかの理由で交代し、新しい政権が統制経済を自由経済に転換し、IMFのスタンドバイクレジットを受けて為替を固定し、インフレを抑えるというのが考えられるシナリオだが、それが2017年中に起きる可能性は高くないのではないか。ハイパーインフレが激化し、格差が広がる1年になりそう。

5.コロンビア、ペルー、チリ成長鈍化もプラス成長継続

 鉱物資源価格下落の影響を受けながらも、他の資源・品目の輸出ないし内需でカバーし、「成長率は減速」しているが景気後退は避けられた国々の典型がこの3カ国。

コロンビア:2015年実質GDP成長率3.1%のプラス、2016年の同見通し2.0%のプラス。

 2017年予測
実質GDP成長率(%) 2.6
消費者物価上昇率(%) 4.3
経常収支(億ドル) △128

(出所:コロンビア中銀、Bancolombia)

ペルー:2015年実質GDP成長率3.3%プラス、2016年は同4.0%プラス。

 2017年予測
実質GDP成長率(%) 4.5
消費者物価上昇率(%) 2.8

経常収支(億ドル) △59 

(出所:中銀)

チリ:2015年2.3%プラス、2016年1.5〜2.0%プラス。

 2017年予測
実質GDP成長率(%) 1.75〜2.75
消費者物価上昇率(%) 3.2

経常収支(億ドル) △47

(出所:中銀)

  コロンビア:南米における太平洋同盟のメンバー国(コロンビア、ペルー、チリ)のうち、コロンビアについては、原油価格の下落で通貨安に苦しみ(油価と為替の連動性高い)この10年のGDP成長率平均(4.7%)から2015年以降減速している。ただし、原油が輸出額のほぼ4割を占めていた割に国内消費市場や建築需要が旺盛だったことがショックアブソーバーとなり2%以上の成長は維持してきた。

 2017年は、ゲリラとの和平交渉の進展に伴い、サントス政権が進める総合農村対策が展開されるだろう。ただしこれは、行政面でも大きなコストとなりそうなのが気がかりだ。もともと徴税率が低い上、原油安でエコペトロール(石油公社)経由の歳入も細っている。都市部と農村部のインフラの格差はすさまじく、中期的にはここにインフラ需要も発生すると見込まれるが、2017年に本格化するとは考えづらい。

 また、地方の原油施設への攻撃はFARCだけではなく他のゲリラからも続いており、FARCとの和平で新油田開発が急速に進むわけでもなさそう。2017年は日本とのEPAが合意に達しそうであり、日本企業からの注目度は2016年より高くなりそう。

 チリ:チリは近年の銅価格の下落に伴う通貨下落が国内消費、設備投資の抑制要因となっていた。もともと製造業が少なく、資本財、消費財とも輸入に依存している割合が高いため、通貨下落は民間消費、総固定資本形成の直接のマイナス要因となっていた。しかし、2016年1月を底に銅価格が反転しており、通貨ペソも年間を通じて反騰。景気悪化に一定の歯止めはかかった格好。

 2017年も銅価格、もっといえば銅価格を左右する中国の不動産状況やインフラ整備政策に左右される状況は続くだろう。米国のインフラ需要の影響は軽微。2017年は大統領選挙があり(11月)、現職の再選が認められていないことから、現バチェレ政権は退陣し、新しい大統領が選ばれることになる。現政権は、政治資金問題や教育無償化の改革がうまくいっていないことなどで与党連合の左派から批判され、また企業からみると厳しい税制改革を行ってきたことで右派や産業界からも距離を置かれている状況にある。

 次期大統領候補の中では元大統領のピニェラ氏(中道右派)の人気が高いようだ。ただし、チリは左派でも右派でも開放経済は堅持するため大きな変化はないと思われる。

 ペルー:ペルーについては、2016年、最大の輸出品目である銅輸出は不調だったが、実は金、魚粉など普通の資源とは異なる値動きをする主要輸出品目を有するためそれらがショックアブソーバーの役割を果たしてきた。そのため2016年は南米主要国の中では最も為替が安定した国となった。

 2017年も経済が集中するリマ首都圏における中間層の拡大に伴うサービス産業の伸びは続くだろう。なお中銀は2017年の産業別GDP予測においては農業、漁業、建設、商業部門が2016年よりプラスで推移するとしている。特に漁業はエルニーニョ現象が収まることで大幅なプラス(24.8%)が予想されている。

 ペルーは、消費市場やサービスセクターの発展段階も隣国のチリなどに比べて未成熟であり、ショッピングセンターの数の増加率の高さなどにみられるように「伸びしろの大きさ」が魅力であり続ける。この消費市場の伸びが資源ブームの終焉で成長が減速した南米の主要国の中にあって最も高い成長率を保っていた背景にある。

 ケイコ・フジモリを僅差で破って2016年7月末に大統領に就任したクチンスキー氏ではあるが、国会では少数与党であること。また経済政策もケイコと類似していたことから、プロビジネス的な政策を推し進めていくだろう。前ウマラ政権が実行に移せなかったインフラ投資に注力することでもう一つの経済成長の軸を作ることを図るものとみられる。