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Lil Nas X“Old Town Road”の登場とRDR2(レッド・デッド・リデンプション2)の関係(7千字)

トラップは現在アメリカで最もポピュラーなヒップホップ音楽の形式の1つだが、ここにカントリーの要素を加えたCountry Trap(カントリートラップ)なる新ジャンルが今生まれようとしている。

カントリートラップの中でも特に人気を博しているのがLil Nas Xの“Old Town Road”である。カントリーとヒップホップのクロスオーバーはこれ以前に何度も見られたはずだが、なぜこの曲が火付け役となったのか。そもそも、なぜ今カントリートラップやLil Nas Xが取り沙汰されるようになったのだろうか。

今回はロックスター・ゲームスの大人気クライムアドベンチャーゲーム、"Red Dead Redemption 2(レッド・デッド・リデンプション2)"に注目して考察していきたい。

構成としては、Country Trapを取り巻くここ数週間の騒動についてのまとめから始まり、次になぜカントリーがトラップと出会うようになったか、そしてRDR2がCountry Trapの成長にどのような役割を果たしたかについて考察する流れとなっている。

(4/5 追記)カントリー界の大御所、ビリー・レイ・サイラス(マイリー・サイラスの父)がフィーチャーした"Old Town Road"が今日公開されました。

Lil Nas Xも昨年末に冗談半分で参加を望む声をあげていましたが、まさか本当にコラボできるとは思ってもいなかったことでしょう。

ちなみにビリー・レイ・サイラス本人も"OTR"のチャート入りを歓迎しており、彼が楽曲に参加したことで再びカントリーチャートに舞い戻ることになるかもしれません。

カントリー歌手が歌うことが「カントリーらしさ」の重要な要素なのか、今回のリミックスのリリースで試されることになりそうです。

Country Trapのチャート入り騒動

Country Trapを巡って最近話題になっているのが、アトランタ出身のラッパー、Lil Nas Xによるバイラルヒット”Old Town Road”である。2018年の12月にリリースされ、カウボーイのライフスタイルを描くこのシングルはTikTokの#YeeHawChallengeに使用されたことで爆発的な再生を記録する。

ビルボードのヒットチャート、Hot 100に83位でランクインした後も日に日にその再生数は伸びていき、3月22日時点でSpotifyで250万回もの再生を記録するに至った。

カントリートラップという新しい枠組みは、ビルボードチャートにも歴史的な記録を残すことになった。2019年に3月22日、Hot 100、およびHot R&B/Hip Hopにランクインするだけでなく、なんとHot CountryのチャートにもOld Town Roadは食い込んだ。保守派の砦とも言えるカントリーの牙城を、ついにヒップホップ音楽が崩しにかかったと思われたのである。

しかしそんな興奮もつかの間、”Old Town Road”は「今日のカントリーミュージックの要素を十分に取り入れていない」という理由から、カントリー部門のホットチャートから削除されたという発表が3月27日付で行われた。

もちろん今回削除されたのはあくまでもカントリーのヒットチャートからのみであり、他2つのチャートの動向には手は加えられていない。しかしそれでも、ビルボードの意図的なチャート操作はここ数日で大きな反発を呼んでいる。

ラッパーのSki Mask the Slamp GodやJoe Budden、トラックメイカーの9th Wonderなどの名だたるアーティストが、若きXに代わって抗議の声を挙げているのだ。

騒動の中で一際大きくなっているのが、この削除は差別ではないかという声である。カントリーとヒップホップのクロスオーバーであるカントリートラップは、確かにジャンルの区別が難しい。

音楽産業に絶大な影響力を持つビルボードが、その信頼性の確保のため新しい音楽の登場に懐疑的な態度を示す意図も理解できるが、具合が悪かったのはカントリーという保守的で白人的なジャンルから、黒人アーティストを締め出したという構図である。このことが黒人コミュニティを始め、リベラル色の強いアーティストや音楽ファンからのバッシングへとつながってしまった。

 “Old Town Road”はNine Inch Nailsが2008年に発表した "34 Ghosts IV,”からバンジョーのフレーズをサンプリングしており、MVには西部開拓時代を舞台にしたアクションゲーム“Red Dead Redemption 2”から映像を丸ごと拝借したものとなっている。

バンジョーと荒野を駆けるカウボーイの姿は典型的なカントリーのイメージを表象しているとも言えるが、今の段階ではこれらの要素だけではカントリーミュージックとするには難しいと結論づけられたのが、ひとまずは今回の騒動がもたらした世論の答えの1つと言えるだろう。

ここまでが“Old Town Road”とカントリートラップを取り巻く数週間の動向だが、次にそもそもカントリートラップと呼ばれるアイデアがどこから生まれ、なぜバイラルヒットが今になって生まれたかについての考察を行なっていきたい。

 カントリー音楽とトラップの親和性

まずカントリーミュージックとトラップの邂逅だが、これに関してはYoung Thugが2017年に発表した“Family Don't Matter”が“Old Town Road”よりもわかりやすい形で試みられている。

カウボーイ衣装に身を包んだYoung Thugが、牧場でアコースティックギターのサウンドに乗せながらマンブルラップを披露する姿は、視聴者に大きなインパクトを与えた。冒頭で発せられるカウボーイさながらの"Yeehaw!"というシャウトも印象的である。

ただ、すでにラッパーとしてのキャリアが長いYoung Thugによるリリースだったためか、カントリーのヒットチャートに接触することはなかった。Lil Nas XがCountry Trapという新しいジャンルを提案し、実際にカントリーのチャートにランクインできたのは、彼がまだ新人のアーティストで、世間に彼のイメージが浸透していなかったからとも考えられる。

そもそもトラップミュージックの本拠地であるアメリカ南部、特にジョージア州アトランタの郊外は、緑豊かな田舎町である。

ドナルド・グローヴァーが主演を務め、ヒロ・ムライが監督したドラマ「Atlanta(アトランタ)」を見れば瞭然だが、アトランタのラッパーを写実的かつコミカルに描くこの物語で強調されるのは、アトランタの広々とした自然の景色と、そこで展開されるダークストーリーとの対照性だ。

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再びYoung Thugの例を取り出してみると、彼はカントリーにアプローチする以前からアトランタの一面に緑が広がる景色を積極的にMVの中で使用している。ヒップホップは都会的なイメージが先行する音楽であるが、少なくとも彼にとって「リアル」な景色というのは、地元アトランタの雄大な自然の中で淡々と行われる暴力とドラッグのやりとりなのだ。

Lil Nas Xもまた作品作りにインスパイアを与えてくれた人物としてYoung Thugを挙げており、アメリカにおけるヒップホップ観のアップデートに大きく貢献している様子が伺える。

大自然の中でラップするイメージは、アトランタの外でも共有されている。例えばラッパーのKOTA the Friendはブルックリン出身でありながら、 “COLORADO”のMVの中では駄々広い荒野の真ん中でラップする様子が収められている。

都会的なイメージのルーツとも言えるニューヨーク発のラッパーでさえも、自身の作風の中にニューヨークシティではお目にかかることのないような、自然の風景が適していると考える時代に突入しているのは見逃せない変化だろう。

トラップとカントリーの世界観が融合した経緯としては、以上のような理由が考えられたが、最後にゲーム「レッド・デッド・リデンプション 2(RDR2)」の役割について触れておきたい。

カントリーに内包されるRDR2という西部劇

再びの登場となるが、"Old Town Road"は公式のMVであるにも関わらず、全編がRDR2からの引用で成り立つユニークな作品となっている。

ゲーム映像にBGMを当てるという手法から、このMVはいわゆるマシニマ(Machinima)作品の一種と捉えることもできそうだ。

マシニマはマシン(Machine)とシネマ(Cinema)、アニメーション(Animation)を掛け合わせた造語だが、3Dゲームのプレイ映像などを編集することで作品を生み出すこの文化は90年代に誕生して以来、Youtubeのような動画共有サイトの普及によって、今日でも多くのユーザーに親しまれている。

先日も新宿ICCで行われていた展示会、「イン・ア・ゲームスケープ
ヴィデオ・ゲームの風景,リアリティ,物語,自我 」の中でマシニマへの言及が大きく行われたばかりだが、ビデオゲームの進化によりマシニマ作品はよりリアルで、制作しやすいものになりつつある。

実際、RDR2にもシネマティックモードと呼ばれる機能が搭載されている。特定のコマンドを入力することでゲーム映像からUIなどが排除され、通常のゲームプレイングに支障をきたすような、シネマティックなカメラワークを意図的に行うこともできるようデザインされている。

RDR2の開発にあたったRockstar Games(ロックスター・ゲームス)は、ギネス級オープンワールドゲーム、Grand Theft Auto(グランド・セフト・オート,GTA)シリーズも手がけた大手ゲーム会社だ。

"Old Town Road"でRDR2が拝借されている点については、すでにロックスターも知るところとなっており、Lil Nas Xがコロンビアレコードと契約した際にRDRのフォントが使用されたことも含め、Twitter上では相互フォローの関係になるなど彼の作品を前向きに歓迎しているようだ。

4月4日時点で2200万回の再生回数を記録している"Old Town Road"だが、RDR2の売上本数も驚異的な数字に達している。2018年10月に発売されたこの作品は、翌年2月時点で出荷台数2300万本を突破した。

発売日の10月26日には米国内で大量の仮病と有休取得者が発生し、「2018年で最も休まれた日」とも囁かれるなど、歴史的な社会現象を巻き起こした作品である。

RDR2では19世紀末、西部開拓時代後期のアメリカを描く物語が展開されるのだが、ここで注目したいのは発売日の2018年の10月以降、多くのアメリカ人が西部劇やカウボーイハットを被った荒くれ者、馬で荒野を駆け回る姿や彼らの生き様に魅了されていた点だ。

そしてRDR2の発売から2ヶ月後の12月に、"Old Town Road"がリリースされたのは重要だ。RDR2の歴史的なヒットによって、当時アメリカ人に刷り込まれた「ワル」のイメージはカウボーイであり、その需要に応えるかのような形でLil Nas XがCountry Trapなる音楽を世に放ったためだ。そしてここに、"Old Town Road"がカントリーチャートにランクインした最大の理由が隠されているのではないだろうか。

ポピュラー音楽としてのカントリーとは

そもそもカントリーミュージックという音楽ジャンルは、ヒップホップと同様、現代のポピュラー音楽としてはかなり主要なシーンを占めている事実は改めて確認しておく必要がある。90年代、ビルボードチャートにその客観性の確保のため、サウンドスキャンと呼ばれる集計方法を導入したところ、ヒップホップとともに「意外にもアメリカ人がよく聴く音楽」として認知されたのがカントリーミュージックだったのだ。

それ以降、カントリー音楽はアメリカのポップカルチャーの一翼を担い続け、テイラー・スイフトのようなポップスター誕生の足がかりにもなった。先日発表された第61回グラミー賞においてもカントリー歌手、Kacey Musgraves(ケイシー・マスグレイブス)が年間最優秀アルバムを含む4部門で受賞を勝ち取ったばかりである。

そのような国民的な人気を持つ音楽ジャンルだけに、「カントリーらしさ」にこだわる声が大きいことも想像に難くない。

Lil Nas Xがカントリー歌手として認められなかったのには、そんなカントリー市場の巨大さもあってのことだったと想像できるが、しかしそれでも一般的に共有されている「カントリーらしさ」とはいささか曖昧であることも忘れてはいけない。

上に述べたとおり、カントリー音楽は20世紀以降の西部劇で使われる映画音楽やミュージカルの発展とともに誕生した比較的新しい、ポップな音楽ジャンルで、RDR2で描かれているような西部開拓時代には、「カントリー」という言葉すら誕生していなかったとされている。

19世紀から伝わるウェスタンミュージックやアパラチアンミュージック、アイルランド音楽などをルーツに持つだけであって、カントリー音楽という括り自体は大して伝統的なものではなく、むしろエンターテイメント性が強調される点においてはヒップホップ音楽に近しいものがあるとも言えるだろう。

そのため "Old Town Road"でRDR2のゲームプレイ映像が使われているのは、厳密に言うと矛盾している。RDR2は19世紀末の西部開拓時代が舞台となっているため、カントリー音楽のイメージを当てはめることはその時代にそぐわないためだ。

しかしそれでもLil Nas Xは、"Old Town Road"をカントリー音楽のヒットチャートにランクインさせることに成功した。バンジョーの音色や曲に合わせてTikTok上でカウボーイスタイルに変身する様子、そしてRDR2を用いたMVから、感覚的に「カントリーっぽさ」をリスナーはその曲に覚えたためである。

まとめ

繰り返しになるが、カントリーミュージックというジャンルを支えているのは「なんとなくカントリーっぽい味付けがなされた音楽」という共通認識であり、「こうでなければカントリーではない」という形式が存在するとは言えない。

現代のカントリーはロックなどと同じくバンド編成で演奏が行われるのが一般的で、アコギやバンジョーを加え、「カントリーらしさ」をすんでのところで保っているケースも珍しくない。

そしてリスナーもまたカウボーイハットや馬、都市から離れた荒野や大草原など、牧歌的なイメージが提供されればそれを反射的に「カントリーらしさ」と認知する。そこに明確な定義は存在しないため、19世紀の物語であるはずのRDR2の世界観もまた、カントリー音楽の範疇として捉えることができるのだ。

カントリー音楽は保守的な文化と捉えられがちだが、その実は白人のフォークミュージックとして発展しただけで、蓋を開けてみるとその伝統を支えているのは、商業性が強く流動的な消費者のイメージである。

故に"Old Town Road"が一度カントリー音楽として認知されたのにも関わらず、恣意的にカントリーのチャートから除外されてしまったことは、人種差別的とまでは行かずとも、ビルボードによる臆病な判断だったとも言えてしまうだろう。

まして現代はアメリカ人の半数以上が、ヒップホップをはじめとする黒人音楽を、ポピュラー音楽として消費している時代である。Lil Nas Xの言うようなCountry Trapの登場を言われるがままに受け入れるまではいかずとも、「黒人色の強いカントリー音楽」として"Old Town Road"を受け入れる余地はあってもおかしくない。

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そしてRDR2の登場により、黒人とカントリーのイメージの交錯はアメリカの中でより強いものになったことが想像できる。

「ワル」の文化として消費されてきた黒人のヒップホップ音楽と、白人的な西部劇の「ワル」であるレッド・デッド・リデンプション2はLil Nas Xによって結び付けられ、消費者の頭の中に「カウボーイハットを被る黒人」のイメージを定着させた。

Young Thugの "Family Don't Matter"や Country trap以前に誕生していたCountry Rap(カントリーラップ)がCountry Trapの登場ほど話題にならなかったのは、ひとえにRDR2と"Old Town Road"が時をほぼ同じくしてリリースされたことが大きいと考える。

たかがリリースが被っただけで文化の歴史が塗り変わるものか、と言う声もあるかもしれないが、ヒップホップもカントリーも元をたどればその程度の事件だけで時代が変わるほどに浅はかな音楽であり、売れるものが良しとされるような強い商業音楽としての側面を持っている。

実はこの「浅はかさ」こそが双方の文化を成立させている重要な要素であり、「なんとなくのそれっぽさ」を時代に合わせて少しづつアーティストがスライドさせ続けることで、いつまでも愛されるポピュラー音楽として今日まで続いてきたのではないだろうか。

ポピュラー文化の長寿の秘訣とは、伝統的な正当性ではなく、時として心配になるほどの軽薄さを忘れないことなのだ。











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