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小学校のグラウンドが一面の火の海に。日本一の野焼祭に行ってきた。前編

年々夏が暑くなっているのはどこの地域でももはや確実に実感している。ここ岩手県一ノ関市藤沢でも、最近クーラーを入れるお家が増えてきたというお話を聞かせてもらった。ここ数年30度を超える日がザラになってきたということだから仕方がない。地球は年々暑くなっている。
そんな暑い夏の真っ只中にこの地で行われる日本一の野焼き祭り、藤沢野焼祭に行ってきました。

野焼きといえば田んぼのあぜ道でしばしば見かける、枯葉や伐採した枝やシンプルなゴミや家の不用品なんかを燃やしているアレのことである。一般的には外で何かを燃やすことの総称なのだけど、この野焼祭、ただの野焼きではない。なんと小学校のグラウンド一面を使ったとんでもなく大きな規模の野焼きなのだ。しかも、毎年やっているこの祭は今回で44回目。44年間という歴史のある野焼祭。まさに規模も歴史も日本一と言ってもいいだろう。もちろんただ火を燃やすだけではない。第一回からずっと掲げているこの祭のテーマは「縄文の炎」そう、野焼きの炎で土器を焼くというお祭りなのだ。
というわけで、縄文ZINEは今回から新設される高校生向けの土器のコンテスト「熱陶甲子園」の審査員としてこの歴史ある野焼祭に呼ばれたのだった。

新幹線一ノ関駅から車で40分ほどで藤沢に到着。夕方近いがまだ日は高い。午前中大雨だったのが嘘のようにカラッと晴れている。今年はどうやら良い天気で進められそうだ(昨年は土砂降りの中開催されたという)。会場に着くとすでにグラウンドには白い煙が何本も立ち上がっている。真ん中に井桁に組まれた大きなタワー、それを取り囲むように全部で11の窯(窯と言っても真ん中を窪めた盛土という形状)。まるで縄文時代の環状集落の様相だ。


やがて一角に設置されたステージで、コンサートが始まり会場にも人が増えてくる。本格的な野焼は、もう少し日が落ちてからだ。そのあいだに窯のさらにその外側をぐるりと取り囲むように建てられた出店などを見る。ピザにたこ焼き、焼き鳥に唐揚げ、やきそばに餃子と完全に夏祭り。その中に、みょうがの葉焼きや、はっと(この地方の汁物、ほとんどほうとう)という地域の食べ物なんかがあってけっこういい感じ。ただ、縄文はにわ焼きというちょっとはにわの形にいている五平餅にはなんとも不思議な引き裂かれる気持ちになった。ここでの「なんでこの名前なんですか?」「縄文だからねえ、はにわなんでしょうねえ」というやりとりも、浮遊感があって悪くなかった。だらだらと火入れを待つ時間も祭の期待感がある。

いよいよ司会者が火入れの儀式の始まりを宣言。中学生が火起こしの速さを競い合う競技が始まる。周りでは縄文小太鼓の音色がトントコトントコ。僕は5号窯の火入れの儀を執り行ってくれと言われわけもわからず松明を持ってステージの袖に並ぶ。

火はあっという間に起こされ、中央のタワーに火が入る。いそいそと松明をその大きな種火に差し込み松明に火を移し、5号窯にそろりと進む。窯の空気の入る溝に松明をスッと差し込み火をつける。いそいそ、そろり、スッ。なんとか今日の大役を果たした僕は、わけもわからず胸をなでおろし、来賓のテントの下に戻り、用意してもらったお弁当に箸をつけながら窯から上がる火を眺める。
夕焼けを過ぎ、暗くなる空と反比例して、グラウンドは徐々に熱く、オレンジ色に色彩を変えていく。いつの間に会場は人が増え、なかなかの盛り上がりだ。さっきまでまばらだったステージでは地域のダンサーがヒップホップダンスを踊っている。人気のある売店は出来上がりに20分かかるくらい人が群がり、さらにはキャンプファイヤーさながらに中央の炎のタワーのまわりを藤沢音頭で盆踊り。ものすごく楽しい。岩手藤沢、祭、最高です。

シンボルでもある真ん中のタワーは、火の粉を巻き上げあたりにちいさな炎の竜巻を作りながらより大きく燃え続ける。対照的にその周りの11の窯の炎は完全にコントロールされている。その対比は中央の霊的でコントロールできないものと、それを取り囲む人々の生活。縄文の環状集落を彷彿とさせた。岩手藤沢、祭、縄文の炎、最高です。しかもよく見てみると各窯ごとに火のコントロールの仕方に特徴があった。徐々に上げていく窯があれば、その火の勢いの上げ下げを繰り返すようなやり方の窯があってこれもまたこの祭の楽しみに思えた。もう44年もやっているのだ、そのノウハウはそんじょそこらの弥生人には負けないだろう。

もし、いまこんな祭りをやろうとどこかの自治体が計画したら、十中八九、いや、限りなく100パーセントに近い反対が、周辺の住民からあがるだろう。危ない、火事になったらどうするんだ、予算かけてやる意味ないだろ、子どもが影響受けて火遊びしたらどうするんだ、などなど、そっちのほうが大炎上するのは目に見えている。しかし、44年の歴史はそれらをはね返す。もうだれも止められない。
こんな祭は日本中探してもない。日本のどこかしらのみなさん、ぜひ来年は参加してみてください。ほんとすごいから。
(後編に続く)

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